医療特集

うつ病について - 治療法と予防法など

更新日:2016/06/01

うつ病治療と経過、周囲が注意すべきことなどについて伺いました。

NTT東日本関東病院 精神神経科 部長 秋山 剛

お話を伺った先生:

治療

多くの患者さんは、自宅で静養しながら治療することになります。

一部の患者さんで、自殺の危険性が高まったり、非常にイライラして居ても立ってもいられないという焦燥症状が伴う人の場合は、入院が必要になることもあります。

薬物療法

治療の基本は薬物療法です。うつ状態しかない人(単極性障害)の場合は抗うつ薬を服用します。躁うつ病の傾向もある人(双極性障害)は基本的には気分安定薬を服用します。

抗うつ薬には、三環系、四環系という古くから使われている薬と、SSRI( 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 )、SNRI( セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 )など比較的新しい薬があります。効き目は同等か、古くからある薬のほうがやや強いのですが、新しいほど副作用の軽い薬が開発されています。

【関連】 抗うつ薬の副作用(病気事典コラム)を読む

1~2割の人に薬物抵抗性

薬が効くまでには、服薬した薬が吸収されて血中に入り、脳の神経に吸収されて脳の神経伝達物質を作ったり壊したりするメカニズムに作用するという非常に複雑な経路をたどります。このため、薬物抵抗性といって、何種類かの薬を試してみても薬の効きが悪い人が1~2割ほどいると推定されます。

抗うつ薬は依存性は生じない薬で、病気が治れば止めることができる人もいます。ただし一気に止めるのではなく、医師の指示に従って段階的に減らしていきます。

再発時の治療期間は長引くことも

薬物治療の期間は、初めて病気になったのか、再発を繰り返しているのかによって変わってきます。また、再発予防の取り組みによっても変わってきます。

「服薬期間には個人差があるので一概には言えません。働きながら治療できることもあります。また、誰もが一生飲み続ける必要はありません」(秋山先生)

認知行動療法

軽症例には認知行動療法が有効なこともあります。これは、時間をかけて悩みの根本に向き合い、認知の偏りを修正して解きほぐしていく治療です。日本ではこの治療に習熟した医師が少ないために十分普及していません。

イギリスでは医師に対する認知行動療法の訓練が進んでいるため、投薬に先立って行われることが多いのですが、日本では軽症例でもまず薬から始めるのが一般的です。

通電療法

症状が重く自殺の危険が切迫している人、薬の効き目が十分ではない人の場合は、通電療法という治療もあります。脳の神経を電気で刺激するという、ある意味では単純な治療ですが、入院して麻酔をかけて行う必要があります。薬よりも短時間で確実な治療効果が得られます。

経過

要因が重なると薬は効きにくくなる

うつ病の治療の中心は抗うつ薬ですが、抗うつ薬が一番効くのは典型的な気分障害といわれる人たちで、薬はそういう人たちに向けて作られています。例えば心理的なストレス要因や発達障害など、他の要因が重なれば重なるほど薬は効きにくい傾向があります。

薬が効かない場合、他の治療法も

「うつ病治療ガイドライン」では、このように薬が効きにくいときには薬を変えてみるとされています。

しかし、秋山先生は「いくつか薬を試しても薬が効かない場合には、きちんとその人の心理的な背景について心理検査を行い、薬以外の治療やサポートなど、心理的な特徴に応じた治療を併せて行わないと、薬だけでは良くならないことがあります」と語ります。

うつ病と自殺

周囲が自殺を防ぐのは困難

ほとんどの自殺は、背景にうつ病があると考えられています。軽症例も含めて、自殺念慮はほとんどのうつ病患者さんが持っています。ただし、自殺を考えたとしても、実際に実行に移すかどうかは、衝動性のコントロール不良や焦燥感の強さなどによって決まります。

患者さんが自殺念慮を口にすることは少ないので、周囲の人が気付くのは非常に難しいようです。リストカットなどの行動に出れば分かりやすいのですが、行動に移さなければ見過ごされがちです。

高齢者の自殺

一過的に中高年の自殺が目立ったことはありましたが、近年最も自殺者が多いのは過疎地の高齢者です。自分は高齢になるばかりで、配偶者にも物忘れの症状が出てきたり、周囲を見渡しても、特に若い人は地域から出ていってしまって人口は減少の一途にあるという状況で希望を失ってしまうことが多いようです。

「こうした高齢者の自殺がマスコミに取り上げられることはほとんどありませんが、実態としては最も大きな問題です」(秋山先生)

自殺予防より、うつ病受診を

周りの人は自殺のサインを気にするのでなく、普段できていたことができなくなるという、『うつのサイン』を見逃さず、受診につなげるようにしてください。

「自殺については専門家である医師に委ね、自殺の危険性があると判断されたならば、医師の助言に従って対応してください」と、秋山先生は助言します。

存在場所が一つであることの危険性

バブル崩壊により会社の倒産が多数発生した時期に、うつ病によると見られる中高年男性の自殺が社会問題になったことがありました。借金や家族が生活するのに困るといった経済的な問題がその要因として多く取り上げられましたが、背景には、中高年男性の意識の問題もありました。かつては休みもとらずに猛烈に働くことが美徳とされ、また働くことが生きがいであり会社だけが自分の存在場所でした。このため、会社の倒産やリストラなどで失職したりすると全く何もなくなってしまったのです。実際に職を失った時点で家族が路頭に迷ったかと言うと、必ずしもそんなことはなかったはずですが、喪失感があまりにも大きかったことが大きな要因だったと考えられます。

ワーク・ライフ・バランスで健全な生活を

現在の若い人たちには、男性も家事や子育てを積極的に行うという人が増えてきています。子育てに参加して家庭や地域での役割があれば、たとえ突然会社が倒産したり解雇されるというような事態が起きても、会社以外での存在場所があることから、自分の全てがなくなるというような喪失感を防ぐことができます。

「ワーク・ライフ・バランスの考え方は、こうした一面では働く人々にとって健全な方向に向かっていると言えるのではないでしょうか」(秋山先生)

うつ病からの職場復帰

職場環境が同じでは再発して当然

うつ病から回復した人の場合は、職場への復帰(リワーク)についても周囲の理解が必要です。

まず、うつ病に限らず精神疾患は、最初は過度のストレスが誘因となって発症します。いったん病気になった人は、あまりストレスが高くなくても再発しがちです。元々、本人の側に「病気になりやすい」という素因があり、職場のストレスも加わって病気になったのですから、職場復帰時に職場のストレスは変わらず、本人の再発しやすさは高まっているとなれば、再発して当然という状況になります。

対人関係スキルを改善して職場復帰を

職場のストレスは、本質的には対人関係のストレスだと言えます。例えば、上司に話をして「これ以上長い勤務はできない」ときちんと伝えられれば、過重労働にならないはずだからです。対人関係がうまくいかない人は職場のストレスで病気になりやすいと言えます。職場復帰時は、対人関係ストレスに対応するスキルを改善してから職場に戻してあげる必要があります。

リワークプログラムなどが有効

前述の認知行動療法は、この職場復帰への効果が認められています。また、1997年に秋山先生がNTT東日本関東病院で作成したリワークプログラムは有効性が高く、現在全国の200カ所で実施されているそうです。職場復帰に際しては、段階的に負荷を上げていくことも重要です。

周囲の人の支え

家族・同僚・部下などがうつ病になった場合、うつ症状が活発なとき(うつ病のエピソードの間)は、普段行えている役割を担うことができないので、それを代わってあげる必要があります。仕事であれば休ませるか量や時間を軽減するようにします。家族の場合も、普段できていた家事ができないのであれば、症状が活動的な間は役割を代わってあげるようにします。

症状が良くなっても無理は禁物

症状が良くなれば元の役割に戻れますが、その場合、何より再発予防が重要になります。復帰して再発しないためにどうすべきかを、専門家を交えながら本人とよく話をする必要があります。一般に本人は完全に元のように戻りたがります。それは病気の知識が少ないこともありますし、仮に知識はあっても自分が前より病気になりやすくなっているとは考えません。たまたま具合が悪くなったが、2カ月休んだのですっかり元気になったと思いたいのです。しかし、それが再発のリスクになることを理解しなくてはいけません。

予防

先述した「認知行動療法」とは、ある状況があってもそれを悪い方にばかり考えるのはやめよう、と「認知」の歪みに対処する方法を身に着けるものです。相手に自分の考えを伝えるときに、なるべく上手に伝えよう、問題解決能力を高めようといった「行動」につなげていきます。これは治療としても有効ですが、病気になる前からこうした考え方と対処は予防につながります。

気分転換できればストレス予防できる

もっと一般的な予防法として、気分転換する時間を確保することも大切です。例えば、職場のストレスはあっても帰宅後は楽しい気分でいられる人は、病気になりにくいはずです。職場のストレスに家庭のストレスが加われば、ダブルパンチで病気になりやすくなります。また、仕事を自宅に持ち帰るなど、家庭でも仕事のことが頭から離れず気分転換できない場合も危険です。仕事がストレッサーならば、それを忘れられるような気分転換の時間が有効になります。

治療中の注意

うつ病と飲酒

健康であれば飲酒はストレス解消になるかも知れませんが、うつ病の場合、飲酒は避けるべきです。寝酒は健康的なときでも睡眠のリズムを崩しますから、特にうつ病になりかけの人が寝る目的で飲酒すると、睡眠と覚醒のリズムが既に乱れかけているところに輪をかけて睡眠の質を悪化させ、うつ病になるプロセスを促進してしまいます。

うつ病と励まし

周囲の人はうつ病の患者さんを励まさず、「頑張るな」と助言するように、と言われることがあります。これが100%正しいと言えるのは、うつの症状が活発なときだけです。職場復帰を目指している場合は、「気を付けながら頑張ってください」という助言が適切です。

秋山先生は、復帰する患者さんに対して、「自分の体調をモニターしながら頑張ってください」と伝えているそうです。自分の体調をきちんとモニターし、例えば前夜よく眠れなかったときは、頑張りすぎないことです。

メンタルヘルスのトピックス

2015年12月から、改正労働安全衛生法の施行に伴って「ストレスチェック」制度が導入されました。50人以上の従業員を抱える事業所は、ストレスチェックの実施、高ストレス者の専門家(医師)への面談の勧奨と労働基準監督署への報告が義務付けられるようになりました。

しかし、ストレスチェックを受けた後どうすべきかについて、厚生労働省は指針を示していません。秋山先生は「ストレスチェックで、ストレスが高いレベルだったとしても、すぐに薬につなげるのは妥当ではありません。むしろ、非薬物的な予防法である認知行動療法的アプローチ、気分転換、リラクゼーションなどが必要です」と語ります。ストレスチェック後に医師の診察を受けても、その医師が認知行動療法に精通しているわけではありません。今後2~3年で非薬物的予防法の指針が示されるものと見られています。

秋山 剛先生の詳細プロフィール
NTT東日本関東病院 精神神経科 部長 秋山 剛

NTT東日本関東病院 精神神経科 部長

取得専門医・認定医

  • 精神保健指定医
  • 日本精神神経学会精神科専門医
  • 総合病院精神医学会指導医・専門医
  • 多文化間精神保健専門アドバイザー
  • 日本医師会認定産業医