病気事典[家庭の医学]

せいしょくほじょいりょう

生殖補助医療

生殖補助医療について解説します。

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どのような方法があるか

生殖補助医療(ART:Assisted Reproductive Technology)とは、不妊症のカップルで自然な性交によらず精子と卵子を受精させて、妊娠に導く医療技術を指します。

広義のARTという場合、最も基本的な技術は「人工授精(AIH:Artifi-cial Insemination by Husband)」です。これは男性側の要因として精子数が少ない乏精子症(ぼうせいししょう)や、通常の性交ができない場合、女性側の要因として子宮の入り口(頸管(けいかん))の粘液の分泌不全や、精子に対する抗体があって子宮内に精子が入らない免疫性不妊症の場合などに行います。具体的には男性がシャーレなどに採取した精子を、配偶者の子宮内に注入し、妊娠を試みます。このAIHは不妊治療として以前から広く普及しています。

しかし、一般に「生殖補助医療(ART)」という場合は、狭義の意味で使われることが多く、その場合はAIHを含めず、「体外受精・胚移植(はいいしょく)(IVF‐ET:In Vitro Fertilization and Embryo Transfer)」など、より高度な生殖医療技術を指します。IVF‐ETは卵子と精子をそれぞれ採取して、培養液を入れたシャーレなどの生体外で授精させ、引き続きその受精卵を培養して、一定の時期まで発育させた受精卵(胚)を、子宮内にもどす方法です。

この方法は1978年に英国で初めて実施され、日本でも1983年に実施されて以来、急速に普及してきました。AIHでは妊娠に至らない高度の乏精子症や免疫性不妊症、両側卵管閉塞、また原因不明の受精障害などでも治療が可能になりました。

顕微授精

このようにIVF‐ETの導入は不妊治療に大きな影響を与えたのですが、それに続く大きな変化は顕微授精(ICSI:Intracytoplasmic Sperm Injection)の導入です。ICSIはIVF‐ETの応用技術ですが、IVF‐ETは対外培養環境下とはいえ授精自体は精子と卵子による自然現象でしたが、ICSIでは、人為的に精子を卵子に注入して受精させるという点が大きく異なります。

そのままでは受精能力のない精子や、極端な乏精子症で通常のIVF‐ETでの受精も困難な状態であっても、極論すれば1個の精子であっても受精させることが可能になりました。

代理懐胎などの倫理的問題

ARTの進歩はこのように目を見張るものがあり、不妊症の治療に大きく貢献してきました。一方で、新たに大きな問題になってきているのが、ARTの倫理的側面、とくに親子関係の問題です。

以前から夫が無精子症の場合に、ほかの男性の精子を使用して人工授精を行う、非配偶者間人工授精(AID:Artifi-cial Insemination by Donor)が行われてきましたが、最近その子どもが実の親が誰であるかを知る権利、すなわち「出自を知る権利」の問題がクローズアップされています。その他、ARTの技術により以前では考えられなかった複雑な親子関係による妊娠・出産が理論上は可能になってきました。

代理母(サロゲートマザー:妻が妊娠・出産が不可能な場合に、夫の精子をほかの女性に人工授精し、その女性から生まれた子どもを夫婦が引き取る方法)や、借り腹(ホストマザー:妻に卵子はあるが子宮摘出などで妊娠・出産が不可能な場合に、体外受精により夫の精子と妻の卵子を受精させ、受精卵を別の女性の子宮に移植し妊娠と出産をしてもらい、生まれた子どもを夫婦が引き取る方法)、卵子提供(妻に子宮はあり妊娠可能であるが、排卵障害や卵巣摘出などで卵子ができない場合に、別の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と受精させて、妻の子宮内にもどす方法)などの実施の是非が、現在公的にも議論されています。

着床前診断

着床前診断(ちゃくしょうぜんしんだん)とは、受精卵診断とも呼ばれ、体外受精による妊娠で受精卵が4~8細胞に分裂した段階でそのひとつの細胞(割球(かっきゅう))の遺伝子や染色体を解析し、遺伝病や流産の可能性を診断することです。遺伝子診断により特定の遺伝病や、習慣流産の原因となる転座型染色体異常等を診断することができます。

遺伝病を回避する方法としては、羊水検査による出生前診断が一般的でしたが、これでは胎児の異常が判明した時に人工妊娠中絶につながる可能性が高いことが問題とされてきました。遺伝病に対する着床前診断では妊娠前に受精卵の遺伝子の検査を実施し、発病しないと診断された受精卵を妊娠させることから、出生前診断と異なり、人工妊娠中絶を回避できる利点があるとされます。

しかし、受精卵の操作という技術的・倫理的な問題点、生命の選別などの倫理的な問題点はあり、その是非については議論が分かれています。

このような背景から日本では慎重な実施がなされ、個々のケースごとに日本産科婦人科学会に申請して、承認を得たうえで実施することになっています。(染色体転座による不育症については習慣流産・不育症

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