医療特集
熱中症
執筆者:
安岡整形外科脳外科クリニック
院長
安岡 正蔵
温暖化が進むと死亡確率は2~5倍!
夏の暑い時期に起きる身体の適応障害を「熱中症」といいます。近年、地球温暖化に都市部でのヒートアイランド現象(都市部の気温が周辺部よりも高くなる現象)が加わって、その発生の増加が社会的注目を集めています。このまま温暖化が進み、90年比で平均気温が4.8度上がる2100年までには、熱中症で死亡する危険性は2~5倍になるとも予測されています(温暖化影響総合予測プロジェクトチーム)。また最近の統計により、学校でのスポーツ中の発生だけでなく、労働現場や中高年での熱中症の発生が多いことが認識されています。重症型熱中症の死亡率は高く、30%以上にもなります。
どうして熱中症になるの?
人間の体温は、視床下部にある体温の中枢によって一定に保たれるようにコントロールされています。しかし、高温・多湿の環境の中で水分の補給が乏しい状態で長時間活動を続けると、体温の上昇と脱水から熱中症を生じるのです。
熱中症の分類と症状にみる早期発見の重要性
早期発見のためには、熱中症の分類とその症状を熟知しておく必要があります。熱中症I~III度の症状は次の通りです。
I度(軽症)
足のふくらはぎがけいれんする(こむら返り)、または立ちくらみだけです。
II度(中等症)
強い疲労感、めまい、頭痛、吐き気、嘔吐、下痢、体温の軽度上昇です。
III度(重症)
III度の主な症状は、38度以上の高熱に加えて、(1)突然意識を失う(意識喪失)。(2)わけのわからないことを話し始める(せんもう状態)、(3)急なふらつき(小脳症状)、(4)けいれんなどの脳神経症状です。しかも、III度の段階では脳機能障害だけでなく、体内では肝臓・腎臓などの臓器障害と血液凝固系の障害が起きていることが多く、死亡の確率もとても高くなります。このためI度あるいはII度の段階での早期発見・早期治療がとても重要なのです。
III度でも突然意識を失う前に、うわごとやわけのわからないことを叫んだり(せんもう状態)、歩行・ランニング中にふらふらする(小脳症状)ことがあります。意識喪失の前に現れるせんもう状態と小脳症状を見落とさず、できるだけ早く救急の医療機関へ運び治療を開始することも生死を分けることにつながります。
症状別治療方法とポイント
I度(軽症)の失神、こむら返りの症例は水分の経口摂取で軽快します。真水よりもスポーツドリンクのように塩分と糖分を含んだものを摂取します。こむら返りが強く持続する時は点滴も有効です。
II度(中等症)では中等度以上の脱水と電解質が失われるため、直ちに点滴(輸液)と暑熱環境の回避、経過観察を必要とします。II度のレベルで適切に対応し治療すれば回復は容易ですが、逆にII度であっても誤診や放置したり、誤った治療を行えば重症化しIII度に移行あるいは死亡することもあり、十分注意しなければなりません。
III度(重症)では、死亡の危険性が極めて大きいため緊急入院・厳重な全身管理と治療が必要です。III度の症例における臓器障害は、(1)高熱と(2)脱水に伴う循環障害の両者によって引き起こされます。(2)循環障害は発汗不全を生じ、これが(1)高熱を悪化させ、臓器障害をさらに悪化させる、という悪循環が発生するのです。
この悪循環を断つために次のことが大切です。
(a)深部体温が38.5℃以下になるまで身体冷却を行うこと。身体の冷却のためには衣服を取り去り、身体の表面に水またはアルコールを霧状に吹きかけ、扇風機などで送風することが最も効率的です。足の付け根(そけい部)や首筋(頸部)、脇の下(腋窩)を氷嚢などで冷却することも重要です。以上の方法でも体温が低下しないときは、胃・膀胱を冷やした生理食塩水で洗い流す深部冷却法も併用すべきです。
(b)不足している水分を補うための初期の急速な点滴(輸液:生理食塩水あるいはラクテック250ml/時で開始)を行うこと。熱中症III度の高熱は、環境温によるものだけでなく、脱水・循環障害による発汗不全によるところが大きいのです。このため、高熱を下げるためには身体冷却のみでなく、脱水・循環不全を補正するための大量の点滴(輸液)も必要です。
(c)障害を起こしている各臓器への対応を行うこと。脳神経、肝臓・腎臓、血液凝固系の障害の有無と障害の程度をチェックすることは、治療方針を決定する上でも重要です。
熱中症の救急処置は「FIRE」(ファイヤー)と記憶(予防もこれに準じます)
熱中症における臓器障害の抑止には、水分補給と体温を下げることがキーポイントとなります。スポーツ・教育現場での「FIRE」処置は具体的には次のようになります。いざというときにそなえて覚えておきましょう。
F(Fluid)・・・液体(水+塩分)の経口摂取、または点滴
- 1. 意識があれば、スポーツドリンクなどを飲ませる。意識が混濁していればできるだけ早く点滴を開始する
I(Ice)・・・身体の冷却
- 2. 衣服を脱がせる
- 3. 氷嚢または冷えたカンジュース等で首筋・わきの下・足の付け根など大きな動脈が触れる部位を冷却
- 4. 水を口に含んで身体に吹きつける
- 5. うちわや扇風機で風を送る
R(Rest)・・・運動の休止・涼しい場所で休む
- 6. 涼しい場所で休ませる。可能であればクーラーのある部屋へ移す
E(Emergency)・・・「緊急事態」の認識・119番通報
- 7. 119番通報・救急車の手配
- 8. 意識状態のチェック
- 9. 体温のチェック(現場での体温は熱中症診断に役立つ重要な情報です)
- 10. 医療機関に到着したら、倒れた現場での状況、気温、スポーツの強度・練習時間などを担当医に話す
- [参考]
- 安岡正蔵 他「熱中症I~III度分類の提案」救急医学23巻9号、1,119-1,123、1999
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