医療特集

うつ病について - 原因・患者数と傾向

更新日:2016/06/01

日本では、うつ病の患者さんは100万人を突破してなお増加傾向にあるとされます。誰もが経験する「気分の落ち込み」とはどのように違うのでしょうか。正しい理解を深めるために詳しく伺いました。

NTT東日本関東病院 精神神経科 部長 秋山 剛

お話を伺った先生:

うつ病とは

「うつ病」とは、様々な原因によって脳が何らかの不調に陥り、抑うつ症状(気分の落ち込み)が続いている状態を指しています。

秋山剛先生は、「うつ病の症状には幅があるので、症候群と言ったほうがふさわしい病気です」と語ります。

症状に幅があると言うのは、典型的な中核群と呼ばれる人たちは抑うつ気分と興味・喜びの喪失といった気分障害を示しますが、その周辺にはもう少し症状の軽い人たち(周辺群)もいるということです。

日常生活において憂うつな気分や気分の落ち込みは誰もが経験することです。しかし、落ち込みが続いたまま、2週間以上経っても元に戻らない状態はうつ病と判断されます。ちょっと嫌なことがあって憂うつになっても一晩寝れば元に戻る、何か気晴らしをすれば元に戻るという状態はうつ病ではありません。

うつ病の原因

うつ病の原因は、まだはっきりと解明されていませんが、単一の原因から起こるのではなくいくつかの原因が複合的に影響して発症すると考えられています。

環境要因と遺伝要因

まず、大きな原因として考えられているのは、環境要因から受ける心理的なストレスです。

「例えば、身近な人との死別、退職、災害といった大きな喪失体験がきっかけになることがあり、職場や家庭でのストレスが積み重なって起こることもあります」(秋山先生)

また、遺伝要因としてストレス感受性に関わる本人の性格も関係してきます。さらには、性格形成に関わる環境も関係してくることがあります。

遺伝要因には、うつ病の発症に関係する遺伝子もあるはずですが、まだ解明されていません。もっとも、うつ病は多種多様な状態を指しているので、うつ病に関係する遺伝子も無数にあるだろうと考えられています。

脳や体の病気、薬の影響も

脳出血や脳梗塞といった脳の病気によって脳神経がダメージを受けたり、甲状腺疾患、認知症といった別の病気が要因となることもあります。さらに他の病気のために使用している薬(例えばステロイド薬)などの影響によっても起こることがあります。

「うつ病に限らず精神疾患は、元々、本人の側に脆弱性、病気になりやすい素因があって、そこにストレスフルな状況が加わって発病すると考えられています。また、ただ一つの要因でなく様々な要因が複合的に混ざり合って起こることが多いようです」(秋山先生)

引き金はあるか

前述した心理的なストレスと似ていますが、うつ病の発症にあたって引き金に当たるようなことが全くなかったという人は稀です。普通の生活をしているのに先月からうつになりましたというようなことはなく、「○○があって、その後うつになりました」と話される患者さんが多いとされます。実際には、その前からちょっと具合が悪くなっていて、そこにある出来事があって、普通の状態なら対応できることが対応できずに、その後さらに状態が悪化するというパターンをたどるようです。

ストレッサーは様々

身近な人の死、あるいは定年退職といった、それまであったものを失う喪失体験は、一般にストレッサー(ストレス要因)として発症の引き金になりやすいと言われていますが、昇進や結婚といった、本当はうれしいはずの出来事がストレッサーになることもあります。例えば、昇進してうれしいとは言いつつも、通常は負担が増えるといった量的なストレスに加えて管理業務といった質的なストレスの変化もあって、新しいストレッサーに対応できないことが原因です。

うつ病の発症に無数の遺伝子が関係するように、ストレッサーも無数にあり得ます。どういう状況に適応できないかについても個人差があります。

モノアミン仮説

うつ病になった人の脳内では、ある種の神経伝達物質がうまく流れていない状態になっていると想定されています(図1 モノアミン 仮説)。ノルアドレナリンやセロトニンという物質が乱れているとされますが、この2つの物質の乱れだけでうつと呼ばれる状態が説明できるかについては、まだ科学的な決着はついていません。

※モノアミンとは、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称

健康な脳の情報伝達

  • ①情報がシナプス前部に伝わると、モノアミンが放出される
  • ②モノアミンは次の神経細胞のシナプス後部に結合、情報を伝える
  • ③情報を伝え終えたモノアミンは再びシナプス前部に取り込まれる

モノアミン仮説

図1 モノアミン仮説

うつ病の患者数と傾向

厚生労働省が3年ごとに全国の医療施設に対して行っている「患者調査」(全国の医療機関を特定日に受診した人数および入院患者から推計)によれば、うつ病が大半を占める「気分障害」の患者数は111万人(2014年)でした。1996年は43万3000人、99年は44万1000人とほぼ横ばいだったのが、2002年に71万1000人と急増し、08年には104万1000人と、100万人を突破してなお増え続けています。(図2)

うつ病・躁うつ病の総患者数
  • 男
  • 女

図2 うつ病・躁うつ病の総患者数(厚生労働省 平成26年「患者調査」統計表9より作成)

  • ※気分[感情]障害(躁うつ病を含む)の数値。
  • ※総患者数とは
    総患者数とは、調査日現在において、継続的に医療を受けている者(調査日には医療施設で受療していない者を含む。)の数を次の算式により推計したものである。
    総患者数=入院患者数+初診外来患者数+(再来外来患者数×平均診療間隔×調整係数(6/7))
  • ※総患者数は、表章単位ごとの平均診療間隔を用いて算出するため、男と女の合計が総数に合わない場合がある。
  • ※2011年は、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県を除いた数値である。

10~15人に1人がうつ病になる

近年、うつ病が増加している原因は、うつ病の啓発が進んだことが大きいと見られており、昔に比べて今の日本がうつ病になりやすい社会であるとは言えないようです。

また、秋山先生によれば「日本では、過去1年間にうつ病とされる状態にあった人は約30人に1人ぐらいではないでしょうか」とのことです。また、一生の間では10~15人に1人ぐらいはうつ病になると考えられ、極めてありふれた症状・病気であると言えるでしょう。

女性の患者数が多い

男女別に見ると、日本では女性の患者数が男性の約2倍とされます。

女性の患者数が多い理由として、初潮から閉経、月経にみられる女性ホルモンの変動の影響であるとか、進学・就職・結婚といったライフイベントなどに伴って受ける特有の心理ストレスの影響(まじめであったり、よく気が利くという良い面も逆にストレスとなりやすい)、仕事だけでなく家事・育児・介護などの負担が多いといった様々な要因によって、ストレスに対する抵抗力が低下する機会が多いことが考えられます。

「ただし、男性のほうが少ないとは一概に言い切れない面があります。それは、男性でうつになる傾向をもった人は、例えばストレスを紛らわすのに飲酒を繰り返してアルコール依存症になるなど、別な病気として現れている可能性があるからです」(秋山先生)

事実、アルコールなど物質への依存は男性に多い傾向があります。

若年層と高齢者に多い

また、年齢別では一般に若年層(いわゆる思春期)と高齢者層に多いと言われています。それは心理的・身体的に不安定な年代であるからです。

「思春期の人たちは、心身がアンバランスな状態にあります。また高齢者は身体機能が衰えていくのに加え、配偶者や友人との死別、経済面での不安といった心理的なストレスも要因となります」(秋山先生)

高齢者のうつ病

高齢者のうつ病は、若い人たちの症状と比べて非典型的なものとして現れます。例えば、物忘れが激しくなったり、認知症とまではいかなくても動脈硬化などが進んで脳自体が衰えてきているので、心理的なストレス以外の要因が混ざりやすくなってきます。

このため、高齢者ではうつの症状が前面に出にくく、憂うつな気分を訴えるよりも体の症状を訴えることが多くなりがちです。後述する「仮面うつ病」とは異なりますが、うつ病とは見抜きにくいのが特徴です。

秋山 剛先生の詳細プロフィール
NTT東日本関東病院 精神神経科 部長 秋山 剛

NTT東日本関東病院 精神神経科 部長

取得専門医・認定医

  • 精神保健指定医
  • 日本精神神経学会精神科専門医
  • 総合病院精神医学会指導医・専門医
  • 多文化間精神保健専門アドバイザー
  • 日本医師会認定産業医