病気事典[家庭の医学]
こきゅうきかんせんしょう
呼吸器感染症
呼吸器感染症について解説します。
執筆者:
東京医科大学名誉教授
高崎 優
気道は鼻前庭(びぜんてい)→鼻腔→咽頭→喉頭→気管→気管支→細気管支→肺胞より構成され、このうち、鼻前庭~喉頭までを上気道、声門~気管~細気管支までを下気道といいます。呼吸器感染症は、上気道炎、下気道炎、肺炎に分類されています。
急性上気道炎(きゅうせいじょうきどうえん)(かぜ症候群(しょうこうぐん))
どんな病気か
上気道に急性炎症を起こしたものの総称で、かぜ症候群とも呼ばれます。このなかには、普通感冒(ふつうかんぼう)、急性咽頭炎(きゅうせいいんとうえん)、急性扁桃炎(へんとうえん)、急性喉頭炎(こうとうえん)、急性副鼻腔炎(ふくびくうえん)などが含まれます。
原因は何か
原因微生物の80~90%はウイルスで、ライノウイルス(約30~40%)、コロナウイルス(約10%)、その他、パラインフルエンザウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルス、アデノウイルスなどがあります。空気感染のほかに感染者の気道分泌物を介した接触感染で伝播します。
症状の現れ方
主な症状は発熱、鼻汁、咽頭痛、咳(せき)などで、通常2週間以内に治癒します。
検査と診断
アデノウイルス、インフルエンザウイルス、RSウイルスでは鼻汁、咽頭の拭(ぬぐ)い液や、うがい液中の抗原検査による迅速診断が可能です。鑑別(見分ける)すべきものに急性気管支炎があります。これもウイルス感染によるものが多く、長期化する咳が特徴です。
治療の方法
通常、抗菌薬は不要で、安静と水分補給、1日2~4回の水でのうがいで十分です。しかし、日本では以前より二次感染の予防という名目で抗菌薬が多用される傾向にあり、ウイルスの上気道粘膜への感染から細菌感染を続発するおそれのある場合は、短期間の投与を条件に抗菌薬(β(ベータ)-ラクタム系またはマクロライド系)がしばしば併用されます。急性副鼻腔炎も通常は抗菌薬は不要ですが、高熱、圧痛、膿性鼻汁などの症状が1週間以上続く場合には、ペニシリン系抗菌薬が使用されます。
インフルエンザウイルスが原因の場合には、高齢者では重症化しやすく、しばしばブドウ球菌群の感染を合併した肺炎の発症により、急性呼吸不全に至る危険性もあります。症状出現後48時間以内に、A型またはB型ではオセルタミビル(タミフル)、ザナミビル(リレンザ)、A型ではアマンタジン(シンメトレル)のいずれかを使用すれば、重症化は予防可能といわれています。最も重要なのは、流行期に先立ってワクチン接種を受けておくことです。流行時には過労を避け、室内の加温・加湿、十分な水分摂取を心がけ、外出の際にはマスクの着用、手洗いの励行などが大切です。
下気道感染症(かきどうかんせんしょう)
声門から気管・気管支をへて終末細気管支までを下気道と呼びます。炎症には急性と慢性のものがあります。
(1)急性気管・気管支炎
多くはウイルス感染によりますが、二次感染としてマイコプラズマ、クラミジアや細菌感染によるものもみられます。
(2)慢性下気道感染症
何らかの基礎疾患をもっているために、局所的な感染防御能が低下して、健常者では菌が存在しない気管分岐部以下の下気道に、持続的または反復する細菌感染が認められる症候群です。
疾患名としては、慢性気管支炎(まんせいきかんしえん)、肺気腫(はいきしゅ)(慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん):COPD)、気管支拡張症(きかんしかくちょうしょう)、びまん性細気管支炎(さいきかんしえん)(DPB)、陳旧性肺結核(ちんきゅうせいはいけっかく)、塵肺(じんぱい)、非結核性好酸菌症(ひけっかくせいこうさんきんしょう)、アレルギー性気管支肺(きかんしはい)アスペルギルス症(ABPA)、間質性肺炎(かんしつせいはいえん)、慢性気管支喘息(まんせいきかんしぜんそく)などがあります。
無症状期にも細菌が持続的に感染していて、初期にはインフルエンザ菌、肺炎球菌が原因となっている場合が多いのですが、慢性化するにつれて一般の抗菌薬が効きにくい緑膿菌(りょくのうきん)へと菌交代していきます。
急性増悪(ぞうあく)の誘因にウイルス感染(25~50%)があり、インフルエンザウイルス、RSウイルス、ライノウイルス、コロナウイルスなどが代表的です。
前記のハイリスクの患者さんで、扁桃腫大や中耳炎、副鼻腔炎の合併があり、3日間以上続く高熱、膿性の喀痰(かくたん)・鼻汁がみられた場合には急性増悪を疑って、膿性分泌物から原因菌を検出したうえで、有効な抗菌薬で強力に治療する必要があります。急性増悪に直接関与する菌としては、肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、グラム陰性桿菌(かんきん)、モラクセラ・カタラーリス、嫌気性菌(けんきせいきん)などがあります。近年登場した経口抗菌薬のレスピラトリーキノロン(トスフロキサシン、レボフロキサシンなど)の有用性が注目されています。
(3)肺感染症(各種の肺炎)
気道にウイルス、マイコプラズマ、細菌などが感染して生じる、肺実質(肺胞)の滲出(しんしゅつ)性炎症を主病変とした病態で、発熱、咳、痰、呼吸困難、胸痛などの症状を示すものをいいます。
高齢者は若年者に比べて50倍も肺炎にかかりやすく、全年齢の死因統計では第4位ですが、高齢者だけでみると第1位です。なかでも基礎疾患があり、患者さんの防御能が低下している場合には致命率が高く、80歳以降はとくに高くなっています。
発症様式により市中肺炎(しちゅうはいえん)と院内肺炎(いんないはいえん)に分類されます。市中肺炎は元気に日常生活を送っていた人に発症したもので、院内肺炎は悪性腫瘍、脳血管障害、重症糖尿病、循環器疾患などにより入院している患者さんに併発したものです。両者には、起炎菌の種類や経過、予後に大きな違いがあります。
高齢者肺炎の特徴
肺炎は病理形態的には大葉性(だいようせい)肺炎と小葉性(しょうようせい)肺炎(気管支肺炎)に分けられます。高齢者の場合はほとんどが小葉性肺炎で、巣状(そうじょう)肺炎とも呼ばれ、気管支とその周囲の小葉単位に炎症が起こるものをいいます。細菌性であることが多く、起炎菌としてはインフルエンザ菌、次いで肺炎球菌が多く、そのほか、黄色ブドウ球菌、緑膿菌をはじめとする各種のグラム陰性桿菌によるものがあります。
通常は無害といわれる微生物(日和見(ひよりみ)病原体)によっても、極度に免疫力が低下している高齢者ではしばしば炎症が発症し、進展が著しく、難治性になることがあります。また、高齢者に多い特有の肺炎として、脳血管障害などでADLの低下した患者さんに起こる「嚥下性(えんげせい)肺炎」(コラム)が重要です。
これには喉頭蓋機能、嚥下機能の低下や咳がしにくくなることなどが関与しており、食事の際の誤嚥(ごえん)・誤飲の反復のほか、睡眠中に病原菌を含む口内分泌物を下気道内へ微量に吸引することなどが、その発症機序として指摘されています。したがって、嚥下性肺炎では大腸菌や口腔内に常在している嫌気性菌が起炎菌としてしばしば認められています。とくに、経鼻胃管や気管切開後に気管カニューレを挿入している患者さんではリスクが高く、ベッド挙上、口腔ケアが肺炎の予防には重要です。
高齢者の肺炎で注意すべき点は、肺炎特有の症状である発熱、咳、痰、胸痛などがはっきりせず、微熱で意識障害や心不全症状がいきなり前面に出てくることもまれではないことです。「何となくぼんやりして、時々うとうとして元気がなく、食欲もなく、尿の出も悪くなった」といった家人の訴えで初めて肺炎が発見されることもしばしばあり、これが診断・治療の遅れの大きな原因のひとつになっています。
肺炎の治療と急性期の管理
肺炎は経過が速く、治療の遅れが生命予後を左右する場合がしばしばあるので、問診、現病歴、理学的診察所見、短時間に結果が得られる検査(胸部X線、白血球数、白血球血液像、炎症反応など)から肺炎が疑われた場合には、起炎菌を推測して、それらに有効と考えられる抗菌薬による治療をすぐに始めるのが通常です。これを経験的治療、empiric therapyといいます。そして数日後に結果の出る喀痰の細菌検査のデータをみて、最も効果的な抗菌薬治療に移行します。
同時に呼吸不全、敗血症(はいけつしょう)、多臓器不全(MOF)、播種性血管内凝固(はしゅせいけっかんないぎょうこ)症候群(DIC)(コラム)、器質化肺炎への移行などの合併症を防ぐ処置が重要です。高齢者では肺疾患、心疾患などさまざまな基礎疾患をもっている場合が多いので、これらを含めて全身的な管理を行います。
(1)呼吸管理
気道の確保として頻回に喀痰の吸引除去と排泄促進を行います。動脈血のガス分析で酸素分圧(P a
(2)心不全・肺水腫の予防的管理
心電図を監視しながら脈拍・呼吸・体温・血圧などのバイタルチェックを行い、必要に応じて強心薬、利尿薬を追加投与します。
(3)水分補給と栄養管理
補液による脱水・電解質異常の是正や、低栄養状態への対応として中心静脈カテーテルによる高カロリー輸液(IVH)が必要に応じて行われます。
予後
高齢者肺炎は再発・再燃を繰り返して難治化することが多くあります。その要因として患者さんの低栄養、基礎疾患、加齢に伴う免疫力の低下、咳反射の減弱、誤嚥の反復、長期臥床などがあげられます。今日、高齢患者に適切な肺炎治療が行われた場合の救命率は76%以上と報告されています。
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