病気事典[家庭の医学]
胸が痛い(胸痛)
執筆者: 昭和大学横浜市北部病院院長 田口 進
胸痛
胸の痛みは、さまざまな症状のなかで命に関係する病気が最も多く含まれています。もちろん、激しい痛みが起こったなら、ただちに病院へ行かなければなりませんが、一方、心臓や肺などに重大な異常がなくても出現する胸痛も多く、胸痛は怖いという不安感から必要以上に心配し、かえって症状が強くなることもあります。胸痛が起こったら、発症の時期、部位、程度、持続時間、随伴症状などの特徴をよく観察・整理し、医師に伝えることが大切です。
胸痛から考えられる主な病気
主な症状と、付随する症状から、疑われる病気を調べることができます。
病気名を選択すると、その病気の解説へ遷移します。
緊急を要する病気
症状 | 疑われる病気名 | |
---|---|---|
突然の胸痛 | 胸が締めつけられるような痛みが15分以内、上腹部・背部痛 | 狭心症 |
狭心症より激しい胸痛が30分以上、呼吸困難、意識障害 | 急性心筋梗塞 | |
背部痛、手足の痛み | 大動脈解離 | |
呼吸困難、めまい、失神 | 肺動脈血栓塞栓症 | |
激しい呼吸困難・咳・泡のような時にピンク色の痰で発症、唇が紫色、胸痛 | 急性心不全 | |
発熱・鼻みず・咳などかぜ様症状、下痢など消化器症状ののち胸痛、呼吸困難 | 急性心筋炎 | |
発熱、咳、膿性の痰、胸痛、呼吸困難、意識障害 | 細菌性肺炎 、 肺化膿症 | |
深呼吸や咳で増悪する胸痛、発熱、呼吸困難 | 胸膜炎 、 膿胸 | |
飲酒後の嘔吐に続いて起こる強烈な胸痛・上腹部痛、その後呼吸困難 | 特発性食道破裂 | |
激しい右の上腹部痛~右肩や背中・胸に響く、発熱、黄疸、吐き気・嘔吐 | 胆石症 | |
激しい左の上腹部痛~左背部痛、胸痛、吐き気・嘔吐、発熱 | 急性膵炎 |
早めに受診
- [ご利用上の注意]
- 一般的な医学知識の情報を提供するもので、皆様の症状に関する個別の診断を行うものではありません。気になる症状のある方は、医療機関にご相談ください。
胸痛を起こす原因
胸痛を起こす主な原因には、以下のようなものがあります。
・心臓からの痛み
胸痛のなかで最も重要で、心臓の筋肉(心筋)をとり巻く血管が動脈硬化で狭くなったり(狭窄(きょうさく))、ふさがったり(梗塞(こうそく))して発症します。狭心症、急性心筋梗塞など。
・大動脈からの痛み
大動脈の壁がはがれたり(解離)、こぶ(瘤)ができて発症します。大動脈解離、大動脈瘤の破裂など。
・肺からの痛み
細菌やウイルスなどの感染による炎症や腫瘍、狭窄や梗塞などで起こります。細菌性肺炎、肺血栓塞栓症、肺梗塞、肺がんなど。
そのほか、心臓や肺をとり巻くさまざまな膜や筋肉、神経、骨からの痛みはもちろんのこと、消化器系の食道や膵臓(すいぞう)、胆嚢(たんのう)の病気による痛みの放散、帯状疱疹(たいじょうほうしん)、骨折などの外傷、さらに心因性の心臓神経症など、胸痛を起こす原因は多岐にわたっています。
緊急を要する胸痛
激しい胸痛を起こした人をみかけた時、最も重要なことは周囲の人の機敏な行動です。わずかな遅れで命を落とすことも少なくありません。ただちに救急車を呼び、AED(自動体外式除細動器)を手配し、心肺蘇生法を行う必要があります。
狭心症
心臓の筋肉に栄養を与えている冠状動脈の内腔が狭窄して起こる病気です。突然、「胸が締めつけられるような」「胸が強く押さえつけられるような」「胸のなかが焼けつくような」「胸の奥がジーンとする」などの胸痛が出現します。痛みは上腹部、背中、のど、左肩から腕にかけてのしびれや痛みなどとして感じることもあります。痛みの程度は、冷や汗を伴う強いものから、違和感程度の軽いものまであります。
通常、数分以内、長くても15分以内に痛みは治まります。しかし、発作が毎日のように、あるいは1日に何回も繰り返すようなら、次に述べる急性心筋梗塞へ進行しやすいので、すぐに受診するようにしてください。
急性心筋梗塞
心筋に栄養を与えている冠状動脈の内腔が完全にふさがり、心筋が壊死(えし)してしまう病気です。急性心筋梗塞の半数には前駆症状として狭心症がありますが、残りの半数はまったく何の前触れもなく突然発症します。
多くの場合、前胸部や胸骨下に、狭心症をはるかに勝る激しい胸痛、絞扼(こうやく)感(胸が締めつけられるような感じ)、圧迫感が現れ、痛みはあごの下や首、左上腕、みぞおちあたりに放散することもあります。痛みは30分以上、時には数時間も続き、多くは冷や汗、吐き気・嘔吐、呼吸困難、意識障害などを伴います。ただし、高齢者の場合は特徴的な胸痛が現れず、息切れや、吐き気などの消化器症状で発症することもよくあります。
前述した狭心症のひとつに不安定型狭心症がありますが、この不安定型狭心症と急性心筋梗塞、そして心臓性突然死には、共通した病態があると考えられています。そのため、近年では、この3つをまとめて急性冠症候群と呼ぶようになってきました。
狭心症の患者さんで、症状の程度が普段よりも強くなったり、発作の頻度が増えたりなどした場合には、不安定型狭心症や急性心筋梗塞に移行する可能性があるので、ただちに専門医を受診してください。
大動脈解離
胸部の大動脈の壁に亀裂(きれつ)が入り、壁が内膜と外膜に解離、すなわち分離されてしまう病気です。大動脈解離は突然に発症することが多く、その場合は急性大動脈解離と呼ばれ、急性心筋梗塞とならんでただちに対処しなければならない救急疾患です。
急性大動脈解離は、突然、胸や背中に引き裂くような激しい痛みが出現してきます。手や足が突然、激しく痛むこともあります。
以上の狭心症、心筋梗塞、大動脈解離は、主として動脈硬化によって発症します。これらの動脈硬化性疾患の危険因子は、肥満症、高血圧、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)などであり、そのおおもととして偏った食事、運動不足、過労、喫煙、過飲、ストレスなどの生活習慣が大きく影響しています。日々の生活を整えることが何より大切です。
肺動脈血栓塞栓症
下肢の静脈にできた血栓(深部静脈血栓)が静脈の壁からはがれ、血流で運ばれて肺の動脈をふさぐ病気です。特徴的な症状はありませんが、長い時間、安静にしていた人が、歩き始めたり、トイレに立ったりなどしたあとに、急に息苦しくなったり、めまいや失神が起こった場合にはこの病気が疑われます。
航空機などの狭い座席で長時間過ごすことでも発症することがあるため、エコノミークラス症候群(旅行者血栓症)ともいわれてます。
胸膜炎
胸膜腔と呼ばれるところに水(胸水)がたまる病気で、主な原因は感染症(細菌感染、結核など)、悪性腫瘍(肺がんなど)で、その他、膠原病(こうげんびょう)、肺梗塞(はいこうそく)、石綿肺(せきめんはい)、うっ血性心不全などによっても胸水がたまります。
多くは胸痛が最初に起こり、深呼吸や咳をすると胸痛が強くなるのが特徴的です。細菌性胸膜炎の場合は発熱も伴います。喫煙者にこの特徴的な胸痛がある場合は、悪性腫瘍による胸膜炎の可能性があります。