病気事典[家庭の医学]

にがたとうにょうびょうのちりょう

2型糖尿病の治療

2型糖尿病の治療について解説します。

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治療の原則

2型糖尿病は自覚症状に乏しいことが多いのですが、症状の有無にかかわらず適切な治療が必要です。

治療の第1の目的は、糖尿病の代謝異常に伴って起こってくる種々の合併症の発生を予防することです。そのうえで、健康な人と変わらない生活の質(QOL)を維持し、健康な人と変わらない寿命を確保することが最終的な目標になります。

糖尿病は慢性の病気で、完全に治ることはほとんどありません。定期的な受診をまず心がけましょう。治療の中断は、慢性合併症を起こしやすくする大きな原因になります。

2型糖尿病は、食べすぎ、運動不足、ストレスなどの生活習慣(ライフスタイル)の乱れと、その結果起こってくる肥満が、その発症および病態に強く関係していると考えられています。これらは主にインスリンのはたらきを悪くし、血糖上昇などの代謝異常を招きます。

したがって、通常の2型糖尿病の治療としてまず行うのは、食事療法、運動療法を含めたライフスタイルの改善、および肥満がある場合にはその解消です。それで不十分な場合に薬物療法が追加されます。

また、ライフスタイルの改善のためには、患者さん自身が糖尿病をよく理解し、進んで治療を継続する意欲をもつことが重要です。そのために行われる糖尿病教室、糖尿病の教育入院などの糖尿病患者教育も、糖尿病の治療に大切な役割をもっています。

血糖コントロールの指標としてはHbA1C(ヘモグロビン・エーワンシー)を重視し、糖尿病網膜症や糖尿病腎症などの細小血管症の発症予防や進展の抑制には、一般的にはHbA1C7.0%未満を目指すようにします(表10)。さらに、体重、血圧、血清脂質値(コレステロール、中性脂肪、LDLコレステロールなど)についても、良好な数字に近づけるようにします。

食事療法(しょくじりょうほう)

食事療法は、糖尿病治療の基本です。不十分な食事療法のもとでの薬物に依存した治療では、肥満などを助長し、糖尿病の血管合併症を予防できません。逆に、しっかりとした食事療法と運動療法を行うと、診断されてまもない2型糖尿病のかなりの人は薬物療法の必要もなく、血糖値を良好にコントロールできます。

食事療法を実施すると、エネルギーの摂取量が減少するので、血糖値を下げるために必要なインスリンの量を減らすことができます。さらに、肥満も解消されてインスリンのはたらきをよくすることもできます。

食事のしかた

食事療法の原則は、適正なエネルギー量とバランスのとれた栄養素配分です。糖尿病食は病人食ではなく健康食といえるものです。さらに、食事の回数・時間・配分エネルギーも重要で、なるべく3食均等に規則正しく摂食することが望ましい姿です。

とくに朝食を抜いてエネルギー制限を行うことは、昼食、夕食の摂取量が増加し、その後の血糖値上昇、肥満を招きやすいのでよくありません。また、早食いもよくありません。食べすぎにつながりやすく、血糖値も上がりやすいからです。よくかんでゆっくり食べましょう。

エネルギー量

1日の適正なエネルギー量は、年齢、性別、肥満度、身体活動量、合併症の有無などを参考に決められます。

おおよそのエネルギー量は、患者さんの標準体重を算出し(肥満症を参照)、標準体重に身体活動量(表11)をかけて求めます。肥満の人や高齢者などは少なめに、成長期にある若年者などは多めにします。

通常、エネルギー量は、男性では1400~2000kcal、女性では1200~1600kcalの範囲となり、極端に少ないわけではありません。

栄養素の配分

栄養素の配分は、糖質(炭水化物)50~60%、たんぱく質20%以下、残りが脂質となります。この配分は、最近の日本食の配分とほぼ一致しており、そのため日本食は健康食として世界中から注目されています。

全栄養素の半分強を炭水化物からとります。糖尿病だからといって、炭水化物を極端に制限するわけではないことに注意してください。なお、2013年の日本糖尿病学会の提言では、減量目的に炭水化物を極端に制限することは、その効果や長期的な安全性に関するエビデンスが不足しており、現時点ではすすめられないとされています。

たんぱく質は、エネルギー量の20%までとします。腎障害のある人には、標準体重1kgあたり0.8g程度に制限することがすすめられています。

脂質はエネルギーが高いので、とりすぎに注意して、植物性の比率を多くします。また、脂質の種類により血糖値や血中脂質値に及ぼす影響に違いはありますが、エネルギー量は同じであることに注意してください。

食物繊維は、食べ物の消化吸収を遅らせたりするので血糖値、血中脂質値の上昇を改善させる効果があり、また便秘の改善にも有効ですから、多くとるようにします(野菜として300g以上が目標です)。

塩分は、過剰に摂取すると血圧を上昇させたりするので適量とし(1日男性8g未満、女性7g未満)、高血圧や腎障害のある人は6g未満にします。

食品交換表

適正な栄養バランスの食事療法を実践するためには、『糖尿病食事療法のための食品交換表』(日本糖尿病学会編、文光堂発行)を使用するのが便利です。

食品交換表では、食品を栄養素の含まれる割合により、大きく「表1」から「表6」に分類し、各食品の1単位(80kcal)に相当する重量を示してあります(表12)。1日の摂取エネルギー量は単位で示されます。たとえば、指示エネルギー量が1600kcalの場合は、1単位は80kcalなので、1日20単位となります。食事の献立をつくるために、炭水化物の割合が60%、55%、50%の3段階に分けて配分例が示されています。食事に占める炭水化物の割合は、合併症の程度、肥満度、嗜好などにより、60%、55%、50%から主治医が選択します。食事療法を行う際は、「表1」から「表6」まで、それぞれ何単位をとるかが指示されます(表13)。

合計単位によって摂取エネルギーが守られ、その単位配分が適切であれば栄養素配分も適切になります。さらに、同じ表の食品は栄養成分が似ており、互いに交換できるので、バラエティー豊かな食事をすることが可能になります。ビタミン、ミネラル、食物繊維の摂取不足を防ぐためにも、「表6」の食品を中心として、できるだけ多くの食品をとることが望まれます。なお、表1と表2はどちらも栄養素のほとんどは炭水化物ですが、表1に含まれる炭水化物の多くは多糖類であるでんぷんであるのに対して、表2に含まれる炭水化物の半分以上は単糖類である果糖であり、残りは単糖類であるブドウ糖と二糖類である砂糖です。でんぷんのほうがブドウ糖や砂糖よりも血糖は上がりにくく、果糖よりも中性脂肪になりにくいのです。そのため、主食としての炭水化物は表1の食品から摂取します。

実際に食事療法を実践するためには、糖尿病教室を受講したり、病院での栄養指導を受けて、自宅で実際に食品を計量することが大切です。計量を繰り返すうちに目安量がわかってきます。

外食、中食

最近は、外食やファストフード、あるいはコンビニエンスストア、スーパーなどの弁当・総菜(中食(なかしょく))で食事をすますことも多くなってきました。そのため、よりいっそうエネルギー量や栄養バランスに注意する必要があります。

一般的に外食や中食はエネルギーが高く、脂質、炭水化物が過剰で野菜が足りない傾向にあるので、一部を食べ残してサラダを追加するなどの工夫が大切です。サラダには、エネルギーが高いマヨネーズや油を使ったドレッシングはつけないようにします。

甘いもの

お菓子、ジャム、清涼飲料水、缶コーヒー、スポーツドリンクなどは砂糖や果糖ブドウ糖液糖(果糖とブドウ糖の混合液)を多く含み、血糖値や中性脂肪値が上昇するのでとらないようにします。せんべいなど、甘くないお菓子でも炭水化物が多いので注意しましょう。なお、「低カロリー(カロリーオフ、カロリーライト、カロリーひかえめなどと表示)」「低糖(微糖、糖分カットなどと表示)」として市販されている飲料は100mlあたり、それぞれエネルギー量20kcal以下、糖質2.5g以下が表示基準であるため、大量にとれば摂取エネルギーが増し、血糖値が上昇することに注意してください。

果物はビタミン、ミネラル、食物繊維の補給によいのですが、とりすぎると含まれる果糖などにより中性脂肪が増加し肥満や脂肪肝の原因となるとともに、血糖値が上昇するので、1日に1単位程度(80kcal)とします。

代用甘味料は、どうしても甘いものがほしい時に使用しますが、甘いものをとるという習慣を助長するので少量にとどめておいたほうがよいでしょう。また、代用甘味料の過剰摂取は、腸内細菌叢のバランスをくずし、糖尿病の悪化や肥満をまねくことも報告されています。

空腹感が強い場合は、コンニャク、ところてん、海藻、昆布、タケノコ、キノコ類など、低カロリーの食品をとるとよいでしょう。

アルコール

アルコール飲料は、つまみの摂取やアルコールによる食欲亢進作用によって食事療法が乱れる原因になるだけでなく、肥満、脂質異常症、肝障害、膵炎(すいえん)の原因ともなるので、原則的には制限し、合併症や肝障害のある人は禁酒するようにします。

また、蒸留酒である焼酎(しょうちゅう)やウイスキー、ブランデーには糖質はほとんど含まれず、日本酒やワイン、ビールは飲み過ぎなければ糖質の量は問題ないレベルですが、梅酒、果汁の入った酎ハイやカクテルに含まれている糖質には注意が必要です。さらに、アルコール自体は肝臓からのブドウ糖の産生を減らすので、インスリン注射などの薬物療法を行っている患者では、糖質を摂取しないでアルコール飲料のみを多飲すると低血糖をきたしやすいことにも注意が必要です。

健康食品・トクホ・栄養機能食品・機能性表示食品

消費者の健康志向の高まりに伴い、健康食品の市場が拡大しています。糖尿病に関してもさまざまな「いわゆる健康食品」がその効果を喧伝(けんでん)していますが、その多くは有効性・安全性の科学的根拠に問題があり、時には含まれている違法な成分により、重大な健康被害を起こすこともあります。このような背景のもと、国は食品の安全性や有効性に関する基準を設け、「保健機能食品制度」を開始しています。機能表示ができる保健機能食品は、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品の3種類に分類できます。

特定保健用食品(通称トクホ)は「いわゆる健康食品」とは異なり、その有効性・安全性が消費者庁により認可された食品です。糖尿病の患者さんにとって気になりそうな「食後の血糖値の上昇を緩やかにする」などと「血糖値」に言及するトクホも少なくありません。しかしながら、トクホは糖尿病の患者さんを利用対象者としておらず、その効果もかなり限定的であり、一般的に高価であることなどにも注意する必要があります。

また、栄養機能食品はビタミンやミネラルなどが対象で、含有量など国の規格基準を満たせば審査や届け出は必要なく、「カルシウムは、骨や歯の形成に必要な栄養素です」など、あらかじめ決められた健康効果を表示できます。3つ目の保健機能食品として、2015年4月に始まった制度にもとづく機能性表示食品は、科学的根拠を示した研究論文などを添えて消費者庁に届け出れば、国の審査なしで「内臓脂肪を減らす」など具体的な体の部位を挙げて健康効果を表示でき、トクホより申請の敷居が低いものの栄養機能食品より表示の自由度が増している食品です。

健康食品・トクホなどに関しては消費者庁(http://www.caa.go.jp)や独立行政法人国立健康・栄養研究所のホームページ(http://hfnet.nih.go.jp/)にあるサイトも参照してください。

運動療法(うんどうりょうほう)

運動療法は、糖尿病治療のもうひとつの基本です。運動には、食事療法とともにエネルギーの摂取・消費のバランスを改善するとともに、インスリンのはたらきをよくする効果があります。

適切な運動は、ブドウ糖が筋肉の細胞内に入って血糖値を低下させるとともに、高血圧脂質異常症も改善する効果があります。結果として動脈硬化を予防し、脳梗塞(のうこうそく)、心筋梗塞(しんきんこうそく)などを起こりにくくします。また、心肺機能、筋力を維持・改善させ、健康感および生活の質(QOL)を改善する効果も期待できます。

運動療法を始める前に

運動療法を始めるにあたっては、主治医と相談することが必要です。血糖値が極端に高い場合は、運動後にかえって血糖値が上がる場合があります。

心肺疾患を合併している場合や、合併症が進行している場合は運動を制限したほうがよいでしょう。とくに、狭心症心筋梗塞を合併している場合、増殖網膜症(ぞうしょくもうまくしょう)で新鮮な眼底出血がある場合、腎症(じんしょう)で腎機能低下がある場合は注意が必要です。

神経障害については、高度であれば運動を制限したほうがよいのですが、軽度の末梢神経障害であればさしつかえありません。

運動の種目

運動療法が許可された場合、実際に行う運動としては、日常生活のなかで、いつでもどこでも一人でもできる運動がすすめられます。

運動の種類としては、酸素を取り入れながら持続的に行う有酸素運動とレジスタンス運動があります。

有酸素運動は歩行(ウォーキング)、ジョギング、水泳などの全身運動ですが、整形外科的疾患で足や腰が悪い場合は、水中ウォーキング、自転車、椅子に座っての運動などがおすすめです。継続して行えば、血糖値が下がり減量しやすくなります。

一方、レジスタンス運動は腹筋、スクワットや筋力トレーニングマシンによる反復動作(いわゆる、筋トレ)で、強く行えば無酸素運動に分類されます。筋肉量や筋力を増加させることが期待され、筋肉はブドウ糖を取り込むので血糖値が下がりやすくなります。なお、水中ウォーキングは有酸素運動に加えてレジスタンス運動がミックスされた運動であり、膝にかかる負担が少なく、体重が多い糖尿病患者さんにおすすめです。

運動の強さ

ややきついと感じる程度以下の運動とします。脈拍を目安にして、50歳未満では毎分100~120拍以下、50歳以降は毎分100拍以下とします。

手順としては、軽い運動から始めて徐々に増やすようにします。日常生活のなかで運動量を増やすのが実際的です。たとえば、家事の時間を増やしたり、通勤の時になるべく歩いたり、エレベーターをやめて階段を使ったりするとよいでしょう。

そのうえで、運動が不足している場合には、散歩などを定期的に行うようにします。慣れてきたら、少し速く歩くようにします(ウォーキングあるいは速歩)。

運動の時間

脂肪を燃焼させて代謝を改善させるためには、有酸素運動を1日合計20~60分、週に3回以上行うことが望まれます。可能であれば、週に2~3回のレジスタンス運動も行います。

歩数計を使用するのもよい方法です。1日7000歩、できれば1万歩を目標にします。最近は消費エネルギーが出るカロリー・カウンターも市販されているので、200kcal以上を目標にします。

いろいろな運動の消費エネルギーの目安は表14に示すとおりですが、意外に多くないことがわかります。

その他の注意点

インスリンや糖尿病ののみ薬を服用している場合、低血糖になりやすい時間帯があるので注意します。運動する時は低血糖の用心のため、ブドウ糖、砂糖、ビスケット、ジュースなどを必ず携帯するようにします。また、運動量に合わせて、運動前後あるいは運動中に補食をとるようにします。

さらに、運動に適した衣服、靴を選び、運動前後で靴ずれなどが生じていないかをチェックすること(フットケア)も重要です。

薬物療法(やくぶつりょうほう)

食事・運動療法は、効果が出るまでに時間がかかることがあります。十分な食事・運動療法を2~3カ月行っても、良好な血糖コントロールが得られない場合は、薬物療法で血糖値の改善を図ります。高血糖が持続すると糖尿病の合併症が起こってきます。血糖値が下がらないのに薬物療法を先延ばしにするのはよくありません。

糖尿病の治療薬(血糖降下薬(けっとうこうかやく))には、のみ薬(経口薬)と注射薬があります。注射薬には、インスリンと最近使われるようになったGLP受容体作動薬があります。通常、2型糖尿病ではのみ薬から開始します。血糖降下薬を使用中は、その効果と副作用のチェックのため、定期的な通院と検査が必要です。

薬剤で糖尿病自体が治るわけではありません。薬の有効性を維持し、肥満を防ぐために、食事・運動療法の継続が大切です。

なお、糖尿病に効果があるとする民間薬、食品がいろいろ販売されていますが、実際に効果があるものは少なく、怪しいものには手を出さないのが賢明です。

のみ薬

のみ薬は現在7種類あります(表15)。そのほかに、さまざまな配合薬(2種類の薬の成分が含まれているのみ薬)が販売されています。以前はスルホニル尿素薬が最も広く使われていましたが、最近ではDPP‐4阻害薬が最も使われています。ビグアナイド薬も使用されることが多くなってきました。最も新しいSGLT2阻害薬の処方は徐々に増えています。

●ビグアナイド薬

インスリンのはたらきを改善することで血糖値を低下させる薬です。

インスリンは、肝臓、筋肉、脂肪組織でブドウ糖をグリコーゲンや中性脂肪に変換させることや、肝臓でブドウ糖の合成を抑えることで血糖値を低下させる作用をもちますが、ビグアナイド薬は末梢組織、主に肝臓におけるインスリンのはたらきを改善します。したがって、インスリンはけっこう出ているのにはたらきが悪くなっている人や、とくに太っている人に効果が高い薬です。

ビグアナイド薬は単独では低血糖を起こすことはとても少なく、体重増加も起きにくいことがわかっています。米国やヨーロッパでは2型糖尿病の第一選択薬として広く使われています。

副作用としては、乳酸アシドーシスという血液が酸性になるという異常を起こす可能性がありますが、現在発売されているビグアナイド薬ではまれです。そのほか、軽い胃腸障害が起こることがあります。

●チアゾリジン薬

ビグアナイド薬とは異なる仕組みで、インスリンのはたらきを改善して血糖値を低下させます。

太っている人に効果が高く、単独では低血糖は起こしにくいのですが、浮腫(むくみ)や水分貯留を起こす傾向があり、心臓が悪い人は服用を控えたほうがよいでしょう。体重が増加しやすいので、食事療法を確実に行うことが大切です。

●スルホニル尿素薬

直接、膵臓にはたらきかけてインスリンの分泌を促進します。その効果は長く持続し、1日に1回か2回の服用で血糖値が全体に低下します。2型糖尿病ではインスリン分泌が少し低下することが多いので、理にかなった薬剤なのですが、人によってはごく少量でも血糖値が下がりすぎ、後述する低血糖状態になることがあります。

スルホニル尿素薬のその他の好ましくない点として、食事療法が不十分だと体重が増加しやすいことがあります。また、途中から薬の効きめが悪くなりやすいことも欠点です。このことはスルホニル尿素薬の二次無効と呼ばれますが、インスリン注射への変更の理由として多いものです。

スルホニル尿素薬の服用中でも、食事・運動療法を守ることが大切です。

●速効型インスリン分泌促進薬

スルホニル尿素薬と同じく膵臓からのインスリンの分泌を促進しますが、効果がすぐに現れ、数時間で消失します。α(アルファ)‐グルコシダーゼ阻害薬(後述)と同様に食後高血糖を改善する目的で、食直前に服用します。

腹部症状は起こりにくいのですが、服用時間がずれると単独でも低血糖を起こすことがあります。

●DPP‐4阻害薬

インスリンの分泌を促進する消化管ホルモンであるインクレチン(GLP‐1およびGIP)を増やし、血糖コントロールを改善させます。腸管から分泌されたインクレチンはDPP‐4という分解酵素によりすみやかに分解されるので、DPP‐4阻害薬はGLP‐1とGIPを増やすのです。

インスリンの分泌は増えますが、スルホニル尿素薬とは異なり、血糖値が低い時は効果が弱くなるために、単独では低血糖の可能性はほとんどなく、体重も増加しにくいことがわかっています。血糖値を上昇させるグルカゴンの分泌も減弱させますが、同様に血糖値が低い時は効果が弱くなるために、単独では低血糖を増加させません。低血糖以外の副作用も少なく、ほかの糖尿病ののみ薬との併用もしやすいために広く使われるようになりました。また、糖尿病ののみ薬としては初めて、週1回服用の製剤も発売されています。

●α‐グルコシダーゼ阻害薬

小腸に存在する二糖類(にとうるい)分解酵素(α‐グルコシダーゼ)のはたらきを抑えることで、でんぷん、砂糖などの糖質の消化、吸収をゆっくりとさせ、結果として食後の血糖値上昇を改善します。

初期の糖尿病の場合には、食後のインスリンの出具合が遅いために空腹時の血糖値があまり高くないのに食後に高血糖になることが多く、そうした人に適した薬です。

また、ほかの血糖降下薬で食後の血糖値が十分に下がらない場合に併用されることも多くあります。最近、食後の血糖値の上昇が動脈硬化を起こしやすくすることがわかり、この薬剤の意義が高まっています。服用は、食後では効果はなく、食事直前にする必要があります。

副作用としては、おなかが張ったり、おならが増えたりすることが多いのですが、服用しているうちにだんだん減ってきます。単独の服用では低血糖を起こすことは少ないのですが、スルホニル尿素薬やインスリンとの併用で低血糖を起こすことがあり、その際は、ブドウ糖を服用します。砂糖は二糖類なので、この薬のはたらきで血糖値が上がりにくいからです。非常にまれですが、副作用として重い肝機能障害が報告されているので、定期的な肝機能のチェックが必要です。

●SGLT2阻害薬

尿糖を増やすことで血糖値を低下させるというユニークな薬です。ブドウ糖は腎臓の近位尿細管にある輸送たんぱく(大部分はSGLT2)により再吸収され、血糖値が170~180㎎/dlを超えなければ尿糖が出ないしくみになっています。SGLT2阻害薬は尿糖排泄を増加させることで血糖値を低下させます。また、尿中にブドウ糖が排泄されることでエネルギーが失われ脂肪の分解が促進されるので、体重が減少すると考えられています。

インスリンの分泌は増加せず、SGLT1は阻害しないので、単独では低血糖の可能性は少ないと考えられます。一方で、尿糖の増加は膀胱炎などの尿路感染症や性器感染症(とくに女性)をきたしやすいので、注意が必要です。尿糖の増加は利尿作用もあるために脱水を起こしやすいので、水やお茶による適度な水分の補給が必要です。

インスリン注射

●インスリンとは

膵臓から血糖値を下げる何らかの因子が出ていることは、19世紀にはわかっていましたが、ようやく1921年にカナダで血糖値低下作用のある物質が抽出され、インスリンと命名されました。

インスリンはホルモンの一種です。膵臓のなかの一部の細胞(膵β(ベータ)細胞あるいは膵B細胞と呼ばれる)で合成され、血糖値に応じて血液中に分泌され、食事などでとり込まれた栄養素を肝臓および筋肉などに蓄えるはたらきがあり、結果として血糖値が低下します。

インスリンは、51個のアミノ酸でできたペプチド(たんぱくの一種)で、経口摂取では腸で分解されやすく、血液中に吸収されにくいため、現在のところ注射でしか投与できません。

インスリン注入器は、カートリッジペン型、使い捨てペン型、使い捨てタイマー型が開発され、以前と比べてインスリン自己注射は実行しやすくなっています。針も細く短くなっていて、痛みはさほどではありません。

従来のインスリンは、ブタ、ウシなどの動物の膵臓から抽出していましたが、その後遺伝子工学でつくられるヒトインスリンになりました。最近になり、アミノ酸をヒトインスリンから少し変更したインスリン(インスリンアナログ)も発売され、使用頻度が増えています。

●インスリン注射を行う場合

インスリンの欠点として、注射によるQOLの低下以外にも、低血糖と体重増加があり、これらはスルホニル尿素薬よりも起こしやすくなります。したがって、生活習慣の乱れが大きく影響する2型糖尿病では、インスリン注射はすぐには行いません。

しかし、糖尿病が見つかった時に血糖値がとても高い場合、あるいは非常にやせている場合は、最初からインスリンを使う場合もあります。また、インスリンを使ったほうがよい特別な場合もあります。

肺炎胆嚢炎(たんのうえん)、皮膚の感染、足の潰瘍(かいよう)・壊疽(えそ)、大きな傷を受けた場合、手術を行う場合などは、体に大きなストレスが加わって血糖値が上昇しやすいので、インスリンを使うことが多くなります。妊娠した場合でも、経口薬が胎児に悪い影響を与えることがあるため、インスリンによる治療が原則です。

発熱、脱水などで血糖値が急に上昇したり、ケトン体という酸性の物質が血液中にたまった場合には、インスリンを使います。最近は、コーラやジュースなどの清涼飲料水やスポーツドリンクの大量摂取で、血糖値が急上昇するケースがよくみられるようになってきました。これらに含まれているブドウ糖、砂糖などが急速に血液中に入るため、この場合もインスリンを使います。

●2型糖尿病でインスリン注射を行う場合

2型糖尿病でも、糖尿病になってからの期間が長くなると、インスリンを使わないと血糖値がうまく下がらないことが多くなってきます。糖尿病自体が進行し、インスリンがだんだん出なくなることが原因として考えられています。

食事・運動療法が不十分であること、およびスルホニル尿素薬の使いすぎは膵臓に負担をかけ、インスリンの出具合をさらに低下させます。のみ薬がうまく効かなくなって血糖値が十分に下がらない場合は、まず食事・運動療法がおろそかになっていないかを確認したうえで、主治医とよく話し合ってインスリン注射への変更を検討します。

いたずらに先延ばしにしてはいけません。血糖値が高いこと自体も、インスリンの出具合をさらに悪くするのです(「ブドウ糖毒性」あるいは「糖毒性」と呼ばれます)。外からインスリンを投与すると、膵臓が休まってインスリンがよく出るようになって、インスリン治療から経口薬治療にもどせる場合もあります。

最もよくないのは、血糖値が高いまま長期間放置し、合併症を進行させてしまうことです。

●インスリン注射のしかた

インスリンは、毎日食事に合わせて決まった時間に腹部、上腕、大腿などに皮下注射で投与します。最初の導入時以外は、家庭で自分自身で注射する自己注射が原則です。インスリン注入器は、前述のように以前と比べて種類も増え、自己注射がしやすくなっていて、入院せずに外来で開始することも多くなってきました。

インスリン治療を開始するにあたっては、実際の注射手技をマスターするとともに、いくつか心得ておかなければならないことがあります。使用しているインスリン製剤の名前、性質、注射する量(単位で表される)、注射時間、注射の場所と方法、注射の際の清潔法、注射液および注入器の保管方法などです。

インスリン製剤には、作用時間の違いによって多くの製品があり、超速効型、速効型、中間型、配合溶解、混合型、持効型(じこうがた)溶解に分類されます。現在日本で使用されているインスリン製剤を表16-1にまとめました。

注射の回数、組み合わせは人によってさまざまですが、大まかには超速効型と速効型は食後の血糖値を下げるインスリンとして補充され、中間型や持効型溶解は半日~1日のインスリンを補充し、全体に血糖値を下げます。配合溶解、混合型は、持効型溶解(あるいは中間型)と超速効型(あるいは速効型)が混ざったもので、2型糖尿病の人に1日に通常2回注射することで、食前食後ともに血糖値を改善する目的でよく使われます。

なお、混合型インスリン製剤にはヒトインスリンを使ったものと、インスリンアナログを使ったものの2種類がありますが、食直前に注射するインスリンアナログ混合型を使うことが多くなっています。さらに、最近発売された配合溶解インスリン製剤は持効型溶解と超速効型が混合されていますが、従来の懸濁液である混合型インスリン製剤と異なり、透明な溶解インスリン製剤です。そのため、注射前の混和操作が不要です。

インスリン以外の注射(GLP‐1受容体作動薬)

●GLP‐1受容体作動薬とは

糖尿病の注射薬として、インスリン以外にGLP‐1受容体作動薬があります。すでにDPP‐4阻害薬のところで述べた、インクレチンという消化管ホルモンの1つであるGLP‐1のはたらきを強くする薬です。DPP‐4阻害薬と合わせて、インクレチン関連薬と呼ばれることもあります。

主にインスリンを分泌する膵臓のβ細胞のGLP‐1受容体に結合して、インスリンの分泌を促進します。さらに、グルカゴンの分泌も低下させます。これらのはたらきにより血糖値は低下しますが、血糖値が低い時は効果が弱くなるために、単独では低血糖はほとんどありません。

GLP‐1受容体作動薬は、そのほか、胃の内容物の十二指腸・小腸への排出をゆっくりさせるはたらきと食欲を抑えるはたらきもあり、それらによる血糖値の低下作用とともに、体重の低下作用もあります。

●GLP‐1受容体作動薬の使い方

GLP‐1受容体作動薬はインスリンの分泌が残っている2型糖尿病が適応です。インスリン依存状態の1型糖尿病ではインスリンによる治療を行います。製剤には、注射の回数が1日1回(朝または夕、あるいは朝食前)、1日2回(朝食前と夕食前)、週1回の3種類があります。副作用として、下痢、便秘、嘔吐などの胃腸症状が使用開始後に認められることが多く、1日1回あるいは2回の製剤の場合は胃腸障害を避けるために徐々に増量します。現在日本で使用されているGLP‐1受容体作動薬を表16-2にまとめました。

日常生活における血糖測定

●血糖値を自宅で測る

良好な血糖コントロールを目指すために、小さな器械を使って血糖値を自宅で測ることが可能です(血糖自己測定)。少量の血液を指などから採取して、血糖値を短時間で正確に測定できます。

病院で血糖値を測るのは月に数回しかできませんが、日常生活でしばしば血糖値を測ることによって、治療による血糖値の改善が実際にうまくいっているかどうかがチェックできます。これは食事の内容や運動量が血糖値の変動に及ぼす影響も確認でき、低血糖や予期しない血糖値の上昇を知るうえでも有用です。

血糖値を下げる注射薬(インスリン製剤とGLP‐1受容体作動薬)を使用中の人や、妊娠中の一部の人には保険が適用され、病院から器械、血糖測定チップなどが提供されます。保険適用ではない人でも薬局で購入し、血糖自己測定をする人が増えてきています。おおまかに血糖値が上がりすぎていないかをみるためには尿糖試験紙を購入して、尿糖を自宅でチェックするのもよいでしょう。

インスリンの量や回数は、血糖やHbA1Cをみながら変更することもあるので、定期的な通院が必要です。その際、血糖自己測定での値は治療方針決定に役立つ情報となります。自宅での血糖値に応じて、インスリン量を少し変更することが指示されることもあります。

インスリン治療中は、スルホニル尿素薬使用中よりも低血糖が起こる可能性があります。食事、運動、補食と連動させてインスリン治療を行い、後述する低血糖に対する準備を怠らないことが重要です。インスリン治療は体重も増加しやすいことから、食事・運動療法を守ることが重要です。

●持続血糖測定(CGM)

2010年から、持続血糖測定(あるいは持続血糖モニター、CGM)が1型糖尿病患者と血糖値のコントロールが難しい2型糖尿病患者に対して保険適用となりました。持続血糖測定のセンサーを装着し、連続的に皮下の間質液のグルコース濃度を測定することで、1~2週間にわたる血糖値の変動を推定することができます。血糖自己測定では困難な、夜間の低血糖や食後の血糖値スパイク(食後に血糖値が急上昇すること)を確認することが可能です。センサーを取り外した後に血糖値の変動が解析され、今後の血糖コントロールの改善に役立てられます。2017年には、リアルタイムで血糖値を表示できる機器も日本で導入され、患者自身が血糖値に応じてインスリン量や食事量などを調節して、血糖コントロールを改善し低血糖を減少させることが可能となってきました。

低血糖について

低血糖とは、血液中のブドウ糖が極端に減ってしまった状態です(通常70㎎/dl以下)。

血液中のブドウ糖は、体のなかのいろいろな組織でエネルギーとして利用されますが、とくに脳はブドウ糖の欠乏に敏感で、機能低下を起こします。大切な脳を守るため、体のなかには低血糖を防ぐ仕組みが備わっており、血糖値が正常範囲より低下すると交感神経の活動が高まります。

血糖降下薬やインスリンを使用していない場合は、交感神経などのはたらきで肝臓などに貯蔵されていたブドウ糖が血中に放出されて血糖値は正常にもどります。しかし、血糖降下薬やインスリンを使用している場合は、血糖値が下がりすぎて脳の活動が低下し、頭痛、集中力の低下、意識障害などが起こってくることがあります。

低血糖が起こる原因としては、薬の量が多すぎた場合もありますが、適切な量の薬を使用している場合でも食事が少なかったり、運動量が多かったりすると低血糖に陥る可能性があります。

低血糖を予防するためには、薬物治療中の人は食事量を守り、運動時には適切な補食をとることが必要です。さらに、ブドウ糖、砂糖、ジュース、糖質の入ったゼリーなどを携帯し、交感神経症状である冷や汗、動悸(どうき)、手の震えなどの症状や強い空腹感、脱力感が起こってきた時はすぐに摂取するようにします。

がまんすることは禁物です。とくに、自動車の運転時は注意する必要があります。車内に必ずブドウ糖、ジュースなどを常備し、おかしい時には車を安全な位置に停車させて摂取するようにしてください。

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