病気事典[家庭の医学]
きゅうせい・まんせいぜんりつせんえん
急性・慢性前立腺炎
急性・慢性前立腺炎について解説します。
執筆者:
横浜市立大学附属市民総合医療センター泌尿器・腎移植科教授 野口和美
前立腺炎の分類
1999年にアメリカの国立衛生研究所(NIH)が提唱した分類を示します。
カテゴリーⅠ 急性細菌性前立腺炎
カテゴリーⅡ 慢性細菌性前立腺炎
カテゴリーⅢ 慢性非細菌性前立腺炎/
慢性骨盤痛(こつばんつう)症候群
ⅢA 炎症性
ⅢB 非炎症性
カテゴリーⅣ 無症候性炎症性前立腺炎
この分類はあくまで学問的なものです。臨床的にはカテゴリーⅠの急性前立腺炎とカテゴリーⅡとⅢを併せた慢性前立腺炎とに分けられます。
感染症は、炎症が起きている部位に現れる白血球、およびその原因になる細菌などの病原体との両者を検出する(本疾患では尿中)ことで診断します。
急性細菌性前立腺炎(きゅうせいさいきんせいぜんりつせんえん)
どんな病気か
前立腺に細菌の感染を生じ、発熱とともに前立腺が大きく腫脹(しゅちょう)(はれる)して排尿困難、残尿感、頻尿(ひんにょう)、排尿時痛を生じます。尿閉(にょうへい)(前立腺がはれて尿道を圧迫し、まったく排尿ができなくなってしまうこと)になることもまれではありません。38~40℃の高熱を伴うことがあります。
原因は何か
主に大腸菌などのグラム陰性桿菌(いんせいかんきん)と呼ばれる細菌の感染によって発症します。これは便のなかに普通にみられる細菌です。結石や前立腺肥大症(ぜんりつせんひだいしょう)などの基礎疾患がはっきりしている症例もありますが、感染経路の不明確な症例もあります。
また、尿道膀胱鏡検査(膀胱がんの診断に必要な検査)、カテーテル操作(尿量を調べたり造影剤を注入して前立腺の大きさを調べるのに必要な処置)、前立腺生検(前立腺がんの診断に重要な検査)などの病院での検査や処置が誘因になることもあります。
検査と診断
細菌感染による前立腺の炎症が強く、自然排尿した尿のなかに原因になる細菌と炎症性細胞である白血球が認められます。この尿所見によって診断します。肛門から指を入れて前立腺を触診すると患者さんが圧迫痛を訴えます。この時、前立腺をマッサージすることは細菌を血液中に散布するおそれがあり、禁忌(きんき)(禁止事項)になっています。
治療の方法
原因になっている尿中の細菌の種類を調べて、この細菌に対して有効な抗生剤の投与を行います。尿閉に対しては膀胱瘻(ぼうこうろう)といって下腹部の恥骨(ちこつ)の上を穿刺(せんし)して尿を体外に導く管を設置するか、尿道留置カテーテルを用いて、排尿路を確保する必要があります。
水分の補給を十分に行い、高熱のある症例では 安静の確保と点滴注射のため入院治療をすすめます。重症例では敗血症(はいけつしょう)を生じ、生命の危険を伴うこともあるので注意が必要です。急性炎症を起こした前立腺には抗生剤が到達しやすいので、1週間くらいですみやかに快方に向かいます。
病気に気づいたらどうする
高熱に伴い排尿痛や排尿困難、残尿感などの症状がある場合には、ただちに泌尿器科の専門医の診察を受けるべきです。少なくとも熱のある間は静養が必要です。また急性細菌性前立腺炎では、前立腺がんの腫瘍マーカー(PSA)が異常な高値を示します。治ったあとで再検査が必要です。
慢性細菌性前立腺炎(まんせいさいきんせいぜんりつせんえん)
どんな病気か
頻尿(ひんにょう)、残尿感(ざんにょうかん)、会陰部の不快感、疼痛、排尿困難を訴えます。急性細菌性前立腺炎との違いは、症状が比較的おだやかで、発熱が認められないことです。
原因は何か
感染経路がはっきりしないことが多く、前項で述べたような医療機関での検査や処置が誘因になっていることもあります。
検査と診断
急性前立腺炎では排尿された尿のなかに白血球や細菌が認められますが、慢性前立腺炎では炎症の程度が軽いため、自然排尿した尿中にはこれらが検出されないことがあります。そこで前立腺をマッサージして前立腺液を尿道へもみ出してから排尿してもらい、このなかに出て来る白血球や細菌を検査する方法で診断します。
検尿の方法(図3)
(1)まず排尿初期の約10mlの尿を採取します(初尿)…(図3ではV
(2)次いで約100~200ml排尿したあとの尿(中間尿)を採取します…(図ではV
(3)医師が肛門から直腸へ挿入した指で前立腺をマッサージします。これにより尿道の先端から出る圧出液を採取します…(図ではEPS)
(4)最後にマッサージ後の最初の尿を約10ml採取します…(図ではV
以上4つの検体のなかの細菌と白血球の有無を調べて診断します。
前立腺の触診では急性前立腺炎ほどの痛みや熱感は生じませんが、ほとんどの症例で鈍痛・圧痛があります。慢性細菌性前立腺炎は上記(1)、(2)に比較して(3)、(4)のなかに白血球が増え、細菌が認められることで診断します。
治療の方法
通常は入院の必要はなく、通院治療で十分対応できます。検出された細菌に有効な抗生剤を使って治療します。抗生剤は慢性炎症を生じた前立腺には到達しにくいので、急性前立腺炎よりも長期間(数カ月)の投与が必要です。
生命の危険など重い病態を示すことは、通常ありません。
病気に気づいたらどうする
泌尿器科の専門医に相談してください。難治性で症状が長期化する場合には、前立腺マッサージが有効なことがあります。
慢性非細菌性前立腺炎(まんせいひさいきんせいぜんりつせんえん)
どんな病気か
症状は慢性細菌性前立腺炎と同じです。前立腺炎のなかで最も高頻度にみられます。
検査と診断
a.炎症性
慢性細菌性前立腺炎の項で示した検尿の方法で、(3)と(4)に白血球は認められるものの原因になる細菌が認められないものをいいます。クラミジア、マイコプラズマなど一般細菌以外の病原体が原因になっている可能性があります。
通常、医療機関では、泌尿器科専門医でもすべての病原体の検査をするわけではありません。また細菌が検査でたまたま検出できなかった可能性も考えられます。
b.非炎症性
同じく、前述した検尿の方法では、白血球も細菌もすべての検体中にまったく検出できないものをいいます。つまり、臨床検査では前立腺に炎症が認められないにもかかわらず、前立腺に由来すると考えられる独特の症状(会陰部痛(えいんぶつう)、残尿感、排尿時痛、尿道や陰茎(いんけい)の疼痛など)を訴える疾患です。
前立腺周囲の骨盤底筋(こつばんていきん)の過緊張や、骨盤内のうっ血、免疫異常、さらには心身症的要素(精神科的疾患)の関与も指摘されています。
(1)~(4)の検体を検査する方法は時間がかかり、しかも検体(3)が採取できないことが多く実用的でないとの理由から、(2)と(4)で代用する医療機関もあります。
まれに、膀胱がん、前立腺がんなど生命をおびやかす重大な疾患で同様の症状を訴える患者さんがいるので、泌尿器科専門医によるそれらの除外診断が大切です。
治療の方法
抗菌薬が第一選択とされることが多いのですが、決定的な治療法は確立されていません。
炎症性のものでは細菌とクラミジアの両方に有効な抗菌薬が投与されます。非炎症性のものでは筋肉の緊張をゆるめる薬や、温座浴などの温熱治療、漢方薬が用いられます。さらに精神科医との連携も必要な場合があります。
いずれにしても症状の軽減までには長い時間が必要です。このため患者さんによっては、不安感が強くなり次々に医療機関をかえて受診を繰り返すことになります。治癒までには時間がかかりますが、生命に関わるような重大な疾患に進む危険性のないことを患者さんに説明して、まず安心してもらうことが治療の第一歩です。
病状を深刻にとらえず、症状と付き合っていくように生活指導だけ行い、投薬せずに経過観察することもあります。日常生活上の注意点としては、長時間の座位を避けて体を動かすこと、過度の飲酒を避けることなどがあげられます。性生活は避ける必要はありません。
無症候性炎症性前立腺炎(むしょうこうせいえんしょうせいぜんりつせんえん)
まったく自覚症状がなく、たまたまほかの目的のために前立腺組織や尿、精液を検査した際に、これらの検体中に白血球が認められるものをいいます。
通常、積極的な治療の対象にはなりません。
情報提供元 :
(C)株式会社 法研
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