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薬をめぐるトピックス
いまだに落ち着かない医薬品の流通問題
2020年の小林化工に端を発した医薬品流通の不具合が、4年目に入った今になっても解決に至っていません。薬局の現場にいると、改善の兆しすら見えず、逆に混迷の度合いが増しているようにさえ感じられる今日この頃です。「出荷調整中」という言葉で注文を入れても入荷しない状態が長く続き、ようやく入荷して「やれやれ正常化したか」と思っても、卸業者からは「次の入荷は未定です。入荷次第お届けします」との連絡です。
新型コロナウイルス感染症の流行に伴って、カゼの諸症状の対症療法に用いる解熱鎮痛薬、咳止め、去痰薬などのほか、カゼの初期症状に用いられる漢方薬が全国的に不足する事態になったのは、イレギュラーな状況が重なったため仕方ない面もありますが、丸3年経過しても改善されないのは一体どうしたことでしょう。
朝日新聞デジタル版に5月15~19日まで、「ジェネリック危機」と題した5回連載の記事が載りました。その中に次のような記載がありました。
「『後発品の使用促進を進めてきたのは政府です。それが拙速ではなかったか、我々も真正面から受け止めないといけない』3月17日にあった医薬品供給に関する会議で、厚生労働省の安藤公一課長は関係者を前に言った。」
3月のこの発言は、この記事で初めて知ったのですが、5月20・21日に開かれた日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会学術集会でも、安藤公一氏は同様の講演を行っています。20年以上にわたって「飴と鞭」を使い、後発医薬品の使用割合(数量ベース)を80%にまで引き上げてきて、この発言か、と薬局仲間は皆唖然としたものです。
そして残念ながら、この供給不足問題の解決にはまだ数年はかかるであろうことだけは確かで、薬局の現場では調達のための労力が今後も減らず、薬剤の変更を余儀なくされる患者さんへの説明に追われる日々が続くことになります。
薬剤師の役目として、薬剤師法の第一条に「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」という条文があります。ですから、薬品の調達にあたふたするのも薬剤師の役目ということなのでしょうか。
流通が流通の役目をきちんと果たしていれば、薬局で欠品が生じた場合は在庫管理が悪いわけで、管理薬剤師の怠慢といわれても仕方ありませんが、注文しても入荷せず欠品となる状況で、現場の薬剤師にその責を負わせるのは本質とずれた話です。
保険薬価(健康保険での薬の値段)の改定について
従来は2年ごとに行われてきた保険薬価の改定が毎年実施されるようになり、今年も4月から新薬価となっています。例年、ほぼすべての薬品の価格が下げられていたのですが、今回は値上がりした薬品も少なくありませんでした。
薬価収載されている医薬品は約1万9千品目ありますが、1,100品目の医薬品で薬価が引き上げられました(残り約1万8千品目のうち半数は据え置き、半数が引き下げです)。これは「不採算品再算定」といって、保険医療上の必要性が高いものであると認められる医薬品であって、薬価が著しく低額であるため製造販売業者が製造販売を継続することが困難であるものについては、原価計算方式によって算定される額に改定するものです。
実際問題、1錠10円を下回る薬品も数多くあります。昨今では子どもの駄菓子でも10円で買えるものなど滅多にありません。
「先発医薬品を後発医薬品に変更すると薬代が半分になります」といった表現は、ジェネリック医薬品に変更を促すために使用されてきた言葉です。確かにその薬(先発医薬品)の特許が切れて初めて後発医薬品が発売される時点では、その言葉に偽りはありません。しかし、後発医薬品が発売されると当該の先発医薬品も薬価改定のたびに価格が引き下げられます。中には、ついに後発医薬品と同じ値段になってしまった先発医薬品もあります。
レバミピド(先発品商品名:ムコスタ)という胃炎・胃潰瘍治療薬があります。1990年に販売開始されたムコスタ錠100mgの薬価は、筆者の手元にある最も古い本書2002年版では1錠28.6円とあります。
後発医薬品の販売が開始された2009年のデータが反映された2011年版ではムコスタ錠19.3円、後発医薬品のレバミピドはメーカーにより異なり11.7~14.2円となっています。その後も薬価改定の度に薬価は下がり、2018年版ではムコスタ12.9円、レバミピド(各社とも)9.9円、2020年版ではムコスタ11.8円、レバミピド(各社)は少々上がって10.1円となり、2022年版ではついにムコスタが10.1円とレバミピド(各社)と同じになり、先発品後発品の値段の差がなくなってしまいました。
このようなケースは、今の薬価改定の方式が変わらない限り今後も出てきます。医療保険の計算の仕方として、同じ用法で使われる薬品は1日の薬価としてまとめ、その数字かける日数分として計算します。結果として同じ価格にならなくても価格差が小さい場合、例えば1日1回1錠のケースである薬品のみが処方された場合、薬価24円の先発品と16円の後発品はどちらも1日薬価20円として計算しますので、計算上は価格差なしとなります。このような場合では、ジェネリック医薬品を推奨する意味があるとは思えません。
原材料あるいは製品そのものを輸入に頼っている薬品については、昨今の円安の影響もあり大幅に値上げされたものもあります。ハイゼントラ皮下注という低ガンマグロブリン血症などに使用される注射薬があります。4g/20mL 1筒の製品の薬価は改定前は30,035円でしたが、改定後は40,603円となりました。
自由診療(自費医療)の世界で
「リベルサス錠」という糖尿病治療薬があります。GLP-1受容体作動薬(内服薬11-01-08参照)に分類される薬品で、一般名はセマグルチドといいます。GLP-1受容体作動薬は、注射薬(自己注射)としては2010年に「ビクトーザ皮下注」が販売開始されて以降、数種類の薬剤が存在します。「リベルサス錠」はGLP-1受容体作動薬としては初めての経口製剤で、2021年に販売開始された新しい薬です。副作用として食欲減退があり、その結果として体重減少が多くの人に現れます。
実際、注射薬のセマグルチドは糖尿病治療薬としては「オゼンピック皮下注」の名称で2020年より使用されてきましたが、肥満症治療薬として「ウゴービ皮下注」の名称で2023年3月に承認されました。
「リベルサス錠」はセマグルチドの経口製剤ですので肥満症に効果があることは理解できますが、現時点では医薬品の効能としては「2型糖尿病」が承認されているだけです。当然、保険診療では肥満症治療薬として使用することはできません。
最近インターネットでダイエットを検索すると、このリベルサス錠が表示されることがあります。「オンライン診療」「月額いくら」「定期配送」などの言葉が並びます。自由診療(保険外の自費医療)であれば医師は何を行ってもよいのか。確かに美容整形やED治療、歯科のインプラント治療と同様であろうとは想像できるのですが、モヤモヤした気持ちになります。
ダイエットといえば、漢方薬に防風通聖散という製剤があります。「代謝を上げて余分な脂肪を燃やす」などとテレビCMで流れてくる小林製薬の「ナイシトール」やクラシエの「コッコアポEX」は、この防風通聖散です。防風通聖散は保険診療でも使用できる製品があり、実際、多く処方されています。
市販薬(OTC薬)で対応できることに保険医療を用いることをいつまでも続けることは医療資源の無駄遣いだと以前から指摘されていることですが、今もってそこに目をつぶっているのが現状です。美容目的で使用されるヒルドイドローションなども同様で、どちらも今現在、保険診療では出荷調整中で本当に必要な人に届かないケースも出てきています。
以前、湿布薬の処方数量制限がなかった時におばあさんが(孫のために)何十袋もリュックに詰めて持ち帰る、といったシュールな光景が薬局店頭ではあったのですが、現在では保険診療で1回に処方できる枚数が制限され、63枚が上限となっています。
倫理的にどうなのか―薬局と医薬品提供者の関係
この5月16日、大手製薬メーカー第一三共の子会社である第一三共エスファが、大手薬局チェーンの一つであるクオールに株式譲渡されるという発表がなされました。
経済活動として、法律的には問題ない取引でしょうが、医療の観点からすれば、病医院と薬局のそれぞれが経済的には独立して、お互いが依存しない状態であることが求められるのと同様に、薬局と医薬品提供者(製薬会社、医薬品卸)の間もそのような緊張状態があることが求められるのではないかと考えます。
以前から医薬品卸業者が関連会社として薬局を経営することはありました。そのようなことにもモヤモヤ感がしていましたが、製薬会社と薬局が一体化した場合では、大手小売業のプライベートブランドのようなもの、とも言えるかもしれません。これを公共財と言える薬価収載医薬品での私物化と言ったら言い過ぎでしょうか。
既存薬応用の最近の報告
この5月8日に新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行されました。変異により重症化リスクは減っているとはいえ、年配の者にとって脅威であることに変わりはありません。
そんな中、既存薬での治療の試みは様々行われ、大村智博士にノーベル賞受賞をもたらしたイベルメクチンもその一つでした。結局は、重症化予防効果も副作用低減効果もないことが証明されたのですが、同時にフルボキサミン、メトホルミンが治験の対象として研究されました。
重症化予防効果についてはどちらも否定されましたが、後遺症の発症については、コロナ発症3日以内にメトホルミン服用を開始した場合、後遺症の発症を約41%抑えたことが報告されました。
こういった報告に接すると、地道に愚直に研究を続ける医学者・薬学者に敬意を表したくなります。
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データ更新日:2023/09/27