医療特集

若い女性に多いバセドウ病 - 原因と症状

更新日:2017/03/22

歌手の絢香さんを始めとして、芸能人やスポーツ選手など、「バセドウ病」を克服した人たちのニュースを目にすることがあります。若い女性に多いこの病気は、甲状腺の病気で、「甲状腺機能亢進症(こうしんしょう)」を呈してきます。
バセドウ病とはどのような病気でしょうか、詳しく伺いました。

NTT東日本関東病院 仁科 祐子

お話を伺った先生:

甲状腺の役割

「甲状腺は、首の正面で気管の前、喉仏(甲状軟骨)の少し下、鎖骨の上あたりにあり、蝶が羽根を広げたような形をした臓器です(図1)。男性は喉仏が大きいために、甲状腺は女性より少し下側に位置しています」と仁科祐子先生は、病気の背景となる体の機能から順に、身振りを交えて詳しく解説してくださいました。

図1 甲状腺の位置

図1 甲状腺の位置

甲状腺は”元気の源”となる甲状腺ホルモンを作る

体内の組織や器官の活動を調節する微量の生理活性物質は「ホルモン」と総称されますが、ホルモンを分泌する器官(内分泌腺)のうち、最大のものが甲状腺です。甲状腺は、摂取した食物に含まれるヨード(ヨウ素)を原料にして、甲状腺ホルモンを作り続けています。

甲状腺ホルモンは、心臓や消化管、骨や皮膚など、多くの臓器や細胞の新陳代謝を活発にしており、“元気の源”とも言えるホルモンです。

バセドウ病とは

何らかのきっかけで、甲状腺ホルモンが多すぎたり少なすぎたりして、適正な量を保てなくなることがあります。バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気です。甲状腺の機能が普通以上に高まってしまい、「甲状腺機能亢進症」に至ります。

1835年に世界で初めてこの病気を論文で報告したイギリス人医師の名前から、英語圏ではグレーブス病と呼ばれています。日本では、同じ頃の1840年に報告したドイツ人のバセドウ医師に因んで、バセドウ病と名付けられました。

ホルモン分泌に関わる病気なので、診療は病院の内分泌内科などで行われるほか、甲状腺疾患を専門に扱う病院もあります。

発症は若い女性に多い

日本人の約20人に1人は、何らかの甲状腺疾患を持っているとされますが、その中でも、バセドウ病は、後に述べる橋本病と並んで多い病気です。

バセドウ病の有病率は、統計にもよりますが、およそ人口1,000人当たり5人ほどといわれ、近年特に増えているといったようなことはなく、昔から一定割合の人に発症します。

男女比は、女性が男性の4倍以上で、圧倒的に女性に多い病気です。思春期から高齢者まで幅広い層に起こり、小児期に発症することもありますが、発症のピークは20~30代であることから、若い女性に多い病気と言えます。

甲状腺ホルモンとバセドウ病

少し専門的になりますが、甲状腺ホルモンが調節される仕組みをみてみましょう。

甲状腺ホルモンが一定に保たれる仕組み

①視床下部は、血液中に甲状腺ホルモンが少なくなると「甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)」を放出し、「下垂体へ甲状腺刺激ホルモン(TSH)」を分泌するように促します。また甲状腺ホルモンが直接下垂体にはたらいて、TSHの分泌をコントロールします。(図2)

②脳下垂体でTSHが作られます。

③TSHが甲状腺を刺激して甲状腺ホルモン(図2のT3・T4)が合成され、必要な量が分泌されます。

④甲状腺ホルモンは、いったん濾胞(ろほう)細胞という“貯蔵庫”に入り、そこから血液中に分泌され、血流に乗って全身の細胞に運ばれていきます。この際、ホルモン分泌量が調整され恒常性が保たれるのは、TSHの指示を受けて甲状腺が正常に調整するからです。

例えば、血中の甲状腺ホルモン濃度が低くなってきたときには、脳下垂体がそれを察知して、TSHをたくさん作ります(ポジティブ・フィードバック)。甲状腺も刺激されて、甲状腺ホルモンが多く作られるようになります。逆に、血中のホルモン濃度が高くなると、TSHの分泌は抑えられ(ネガティブ・フィードバック)、甲状腺で合成されるホルモン量も少なくなります。

図2 甲状腺ホルモンの分泌と調整の仕組み

図2 甲状腺ホルモンの分泌と調整の仕組み

甲状腺がホルモンを作り過ぎてしまう状態がバセドウ病

バセドウ病は、ホルモンが過剰になっている状態です。過剰になるには、“作られ過ぎる”場合と“使わない”場合がありますが、使わない場合には、ネガティブ・フィードバックがかかって、ホルモン産生がストップして、自然に落ち着いてくるので、あまり問題になりません。バセドウ病は、脳下垂体からの指示がなくても甲状腺が常に刺激されて、ホルモンを作り過ぎる病気です。甲状腺の機能が普通以上に高まってしまうので、「甲状腺機能亢進症」と呼ばれるのです。

バセドウ病とは区別される病気

そのほか、ホルモンの過剰で起こる病気には、破壊性甲状腺炎といって甲状腺ホルモンを貯めている濾胞細胞が壊れ、中のホルモンがあふれて一時的に血中に放出されてしまう病気があります。この場合は甲状腺の機能が高まっているわけではないので、「甲状腺中毒症」と呼び、区別されています。

バセドウ病の原因

甲状腺を刺激する「TSH受容体抗体」が原因

バセドウ病は、自己抗体(抗TSH受容体抗体)によって、脳下垂体からの指示がなくても甲状腺が常に刺激されて、ホルモンを作り過ぎる病気です。このような自己抗体がなぜ作られるのかについては、まだ解明されていません。

自己免疫の異常が関わっていることはわかっており、「自己免疫疾患」と呼ばれる病気の1つです。

自己免疫疾患とは

免疫系は、外部から体内に侵入したウイルスや細菌を攻撃し、我々の体を外敵から守ってくれる重要な仕組みですが、自己免疫疾患では、“免疫の暴走”によって、自分の体内に標的とする抗体(自己抗体)が作られます。バセドウ病の場合は、自分の甲状腺を異物と見なし、甲状腺で自己抗体が作られてしまうのです。

自己免疫疾患で最も多いのは、国内の患者数が70~80万人とされる関節リウマチですが、バセドウ病も比較的多い病気です。また自己免疫疾患は併発することもあります。

【関連】 自己免疫疾患(病気事典コラム)を読む

環境要因・遺伝要因

病気の発症には、環境要因・遺伝要因が関わってきます。バセドウ病は、免疫状態の変化やストレスなどが、その発病や増悪のきっかけとなることが知られています。年間を通じて、花粉症が少し落ち着いた頃に起こるという報告もあるぐらいです。一方で、糖尿病のように食生活や運動などの生活習慣が関係している病気ではありません。

「進学や転勤、それに伴う引っ越しなど『環境の変化によるストレス』が、発症の引き金になることもあります」(仁科先生)

またバセドウ病は、たばこを吸う人に多いことが知られています。喫煙者は治りにくく、再発も多い傾向があるそうです。本人が喫煙者でない場合に見落とされがちな、家族や周囲からの受動喫煙も、その影響は否定できません。また、特徴的な症状の1つである眼球突出も喫煙者に多いことから、何らかの関係があると考えられています。

遺伝要因では、身内にバセドウ病の人がいることが、比較的多くあります。女性が多いこともあり、母親、祖母、おばさんなどがこの病気にかかったことがあるというケースが多いのですが、もちろん父親がバセドウ病のこともあれば、男性の家族に起こることもあります。

バセドウ病の症状

甲状腺ホルモンは熱を産生し代謝を亢進するホルモンのため、それが過剰になるのに伴い、バセドウ病ではさまざまな症状が起こってきます。

「最近はテレビ番組やニュースで取り上げられることが多くなり、それを見て、『私はバセドウ病ではないかしら』と、受診される患者さんが増えています。」(仁科先生)

新陳代謝が活発になり疲れやすい

バセドウ病の訴えで多いのは、動悸・頻脈、手指振戦(手の震え)、発汗の増多、疲れやすい、食欲増加・体重減少(食べてるのに体重が減った)といった症状です。主な自覚症状を、 表1 バセドウ病のチェックポイント にまとめました。これらの症状はすべて、新陳代謝がよくなり過ぎて、全身の臓器・機能の回転が速まったために起こってきます。

「痩せるという症状の場合、最近の若い女性は、『痩せ指向』が強いので、体重が減っても深刻に思わなかったということもあります。一方、食欲の増進が上回って、むしろ体重は増加しているというケースも見られ、個人差があります。」(仁科先生)

注意すべき点と言えば、発症から自覚症状が出るまでの期間は、個人差があります。基礎体力がある人は、長く我慢できてしまうので、あとから振り返ると、そう言えば1~2年前から症状があったようだと感じることもあるようです。

高齢での発症は症状に気づきにくい傾向

「比較的若い患者さんには、典型的な症状がよく見られるので診断に結びつきやすいのですが、高齢の患者さんでは、少し食欲がない、ちょっと元気がないといった、いわばありふれた症状しか認めず、見分けにくい場合もあります」と、仁科先生は注意を促します。

高齢でもともと心臓に持病がある人の場合には、バセドウ病で頻脈が起こると、両者が合わさって、心房細動という危険なタイプの不整脈が起こることもあります。不整脈で循環器科などを受診し、実はバセドウ病だったと分かるケースも少なくないとのことです。

周囲が気づく外見的な症状

バセドウ病では、自分では気づきにくいけれども他の人が気づくような外見的な症状もあります。

甲状腺の腫れ

身体症状では、びまん性甲状腺腫(甲状腺の腫れ)も起こってきますが、患者さんが自分で気が付いてこれを訴えることは、比較的まれです。甲状腺は蝶のような形をしていますが、その輪郭がはっきり見えてきて、他の人にも分かる場合もあります。一般に、若い人では腫れが大きいことが多く、高齢になるとあまり大きくならず目立たない例も多いようです。

眼球突出

また、眼球突出(眼が出っ張ってくる)も特徴的な症状で、3人に1人ぐらいに起こってきます。これは、甲状腺で作られた自己抗体が、眼の奥の筋肉や脂肪組織の肥大化に関与しているためです。眼の症状とホルモンの過剰状態は、必ずしも相関しているわけではないので、眼の症状だけが重いタイプの人もいます。

仁科先生によれば、「眼の症状は、眼が大きな美人になった印象を与えることもあり、また他の人の外見の特徴を『眼がおかしいよ』など指摘するのは憚られ(はばかられ)やすく、病気の一症状とは捉えられにくいようです」とのことで、自覚症状としては見落とされがちだと言います。

眼球突出は、必ずしも左右対称に起こってくるわけではないので、しばしば複視(物が二重に見える)を伴います。上のまぶたが下がりにくくなるなど、ほかの眼の症状も出ることもあります。こうした眼の症状で眼科を受診して、バセドウ病が分かることもあります。眼の症状が重い場合は、眼科の専門医と連携して眼の治療も行います。

仁科 祐子先生の詳細プロフィール
NTT東日本関東病院 仁科 祐子

NTT東日本関東病院 糖尿病・内分泌内科 医長

取得専門医・認定医

  • 日本内科学会内科認定医・総合内科専門医
  • 日本内分泌学会内分泌代謝科(内科)専門医
  • 日本糖尿病学会認定専門医
  • 日本甲状腺学会専門医